「俺に、どうしろっていうんだ…」
呟いた言葉は、誰に聞こえるでもなく、空気に溶けて消えていく。乱れる心に比例するかのように、頭を抑える右手に力が籠る。
(何もしないのか、だと?できるならとっくにやってる)
彼女を助ける方法があるのなら、悩む暇もなくすぐにでも行動に移している。それが見つからないから、こんなにも悩んでいるというのに。
(リアラ…)
どうして、あんな無茶をしたんだ。一人で、抱え込んでしまったんだ。少しでも話してくれたら、いくらでも助けられたのに。
(いや…気づかなかったのは、俺だ)
彼女は、母親の仇である悪魔のことも、心の奥底に秘めた本音も話してくれた。なのに、自分は何もしなかった。ただ、聞いただけ。聞いただけなのだ。
(あの時、何かできたはずなのに)
せめて何か一言でも、声をかけていたら。何か変わったかもしれないのに。いくら後悔しても、今はもう遅くて。しばらく眺めていた天井から視線を下ろしたダンテは、テーブルの上に置かれた物に気づく。
「これは…」
ダンテの視界に入ったのは、細長い白い花瓶に飾られた花。ピンクの薔薇とかすみ草はどこかで見たような覚えがあって、ようやくダンテは思い出す。
(そういえば…)
昨日、レディが「リアラがあんたにって買ってきたのよ」と帰り際に言っていたような…。
生けられた花を見つめながら、ダンテは思考に耽る。
(ピンクか…珍しいな)
リアラはあまり女の子らしい物を好まない。それは、色に関しても同じで。
(薔薇、か…そういえば、あいつ、薔薇には色によっていろんな意味があるって言ってたな)
ダンテはふと、リアラとの会話を思い出す。
リアラがレディ達と出かけて花言葉の本を買ってきた日、彼女は本のページを捲りながら、楽しそうに自分に花言葉を教えてくれた。子供のように無邪気な笑顔で花言葉を教えてくれる彼女に、思わず笑みが零れたのをよく覚えている。確か、一番最初に教えてくれた花言葉が薔薇だったか。
(ん…?花言葉…?)
心に、何かが引っかかる。
自分に買った花…花言葉…。
(まさか…!)
立ち上がり、ダンテは階段を駆け上がる。リアラの部屋に入って辺りを見回すと、すぐに目当ての物は見つかった。ーあの日彼女が買った、花言葉の本だ。
ダンテはテーブルの上に置いてあったその本を手に取る。本には紙が二枚挟んであり、栞の代わりにしているようだった。手前の紙が挟んであるページを開くと、そこは薔薇のページで、ピンクの薔薇が載っていた。花言葉は…
「幸福…」
ここが薔薇のページなら、二枚目の紙が挟んであるページは予想がつく。次いで後ろに挟んであった紙のページを開くと、予想通り、かすみ草の載ったページだった。花言葉は…
「幸福、切なる願い…」
この時、リアラの声が聞こえた気がした。「幸せになってください」という、彼女の願う声が。
花に密かに秘められたリアラの想いに気づき、ダンテは俯く。