「ありがとうございましたー」
店員から花束を受け取り、花屋を出たリアラは事務所への帰り道を歩き出す。
あれから二日が経った。一度割り切ってしまえばだいぶ楽で、あれから泣くことはなくなった。ただ、心の底から笑うことがなくなった、そう感じていた。
おそらく、ダンテも気づいているだろう。けれど、これ以上どうしようもなかった。言われたとしても、ごまかすだけ。自分のことは、自分でけりをつける。
そう考えていた時、ふいに後ろから声をかけられた。
「リアラ?」
聞き慣れた声に振り返ると、そこにはレディがいた。
「レディ、久しぶり」
「久しぶり、元気そうね。その格好、依頼の帰り?」
リアラの格好は黒いショートパンツに紺色のハイネック、白いコートと仕事に行く時の姿だった。
レディの言葉に、リアラは苦笑して首を振る。
「ううん、買い物の帰り」
「買い物の?なら、どうしてそんな格好を…」
「まあ、ちょっと、ね」
はぐらかすリアラに違和感を感じたレディだが、何かあるのだろうとそれ以上は尋ねなかった。
「事務所に帰るんでしょう?ついていっていいかしら?」
「いいけれど…借金の催促?」
「まあ、そんなところね。それに、久しぶりにあなたと話したいし」
「そっか」
リアラの笑顔にさえ違和感を感じながら、レディは彼女の隣に並ぶ。
リアラが持つ花束を見やり、レディは言う。
「花を買ったの?珍しいわね」
「うん、たまにはいいかな、って」
「そうね、あの事務所華がないし、たまにはそういうのもいいんじゃないかしら」
レディの言葉に苦笑してリアラが前を見た、その時。
「!」
ふいに感じた気配に、リアラの足が止まる。この、感じたことのある気配はー。
レディも気づいたのか、目を細める。
「…こんな時間から出るとはね」
「…レディ」
愛銃のカリーナ・アンに手をかけたレディに、リアラは静かに告げる。
「お願い、手を出さないで。…これは、私の獲物よ」
「リアラ…?」
普段と雰囲気の違うリアラを訝しむレディ。リアラはレディに花束を預け、後ろを振り返る。
「出てきなさい。いるのはわかってるのよ」
『…クク…気づいていたか』
小さく笑い声が響いたかと思うと、赤く染まり始めた道の真ん中にじわりと黒い影が滲み、そこから黒いローブを羽織った悪魔が現れた。目元を覆う赤の仮面をつけたそれはメフィストやファウストに似ているが、奴等とは比べ物にならない魔力を放っている。
『やっと見つけたぞ、ゼクスの娘…まだ生きていたとはなぁ』
「まだ死ぬわけにはいかないからね。…母様の仇である、あんたを倒すまでは」
悪魔を見据えたまま告げたリアラの言葉に、レディは目を見開く。
悪魔はケタケタと笑う。
『ほう、仇か。お前があの女を守れなかったのに?』
「だからよ。母様を守れなかった分、自分でけりをつける。母様を殺しておいてのうのうと生きてるあんたを放っておくなんてできない」
『お前に、私が倒せるのか?』
「倒してみせる。何があっても」
身に秘めた氷の魔力(ちから)のように冷たく鋭い目で悪魔を見据え、リアラは双槍に戻ったディアクトを突きつける。それをおもしろいとでも言うかのように、悪魔は声を上げて笑う。
『いいだろう、決着をつけようではないか。ここでは狭い、場所を変えるぞ』
「ええ」
リアラが応じると、悪魔はこちらに背を向け、道の彼方へと飛んでいく。リアラは後ろを振り返り、申し訳なさそうにレディに微笑む。
「ごめんねレディ、その花束、ダンテさんに届けてくれないかな?」
「ちょっ、リアラ…!」
レディが呼び止めるも遅く、リアラは悪魔を追って大きく跳躍し、たちまち姿が見えなくなってしまった。
「…っ」
口を引き結び、リアラに預けられた花束を強く抱きしめ、レディは振り返って駆け出した。