夜、わずかな街灯の明かりに照らされた道を、一つの影が歩いていた。女性の姿をしたその影は、音もなくまるで滑るかのように歩く。その女の後ろに、ゴツ、と重い音を響かせてもう一つの影が現れた。


「やっと見つけたぜ」


そう言って、影―ダンテは女にエボニーを向ける。女はダンテの方を振り向くと、楽しそうに笑う。


『あら、わざわざ私を探していたの?ずいぶん熱心なのね、花束でもくれるのかしら?』

「悪いが、プロポーズしに来たわけじゃないんだ。あんたに大事な用があってね」


愛銃を構えたままダンテが言うと、女は羽を口元に添え、優雅に笑う。


『大事な子の声でも取り戻しに来たのかしら、スパーダの息子さん?』

「…よほど有名人らしいな、俺は」

『知らないのなんて、低級の知能のない奴等だけよ』


そう言うと、女―悪魔は続ける。


『ゼクスの娘の声を取り戻しに来たんでしょうけど、返してあげられないわ。意外といい声で、気に入っちゃったから』

「あいつのことも知ってる、ってわけか…」

『そりゃあね。裏切り者のスパーダとゼクスは魔界で有名だもの。この街でたまたまゼクスの娘を見かけたから、面白半分でその声をもらったんだけど』

「…面白半分で?」


ピクリ、とダンテの眉がつり上がる。悪魔は楽しそうに言う。


『ええ、そうよ。せっかくだから聞かせてあげましょうか?』


口角を上げると、彼女の周りの空気が波打ち、次いで先程とは違う声がその口から発される。


『ねぇ、私とイイことしましょう?』


聞き慣れた声、だが悪意にまみれたその言葉に、ダンテの怒りが爆発した。


『…っ!?』


突然目の前からダンテが消え、悪魔は驚きに目を見開く。
次の瞬間、風を切り裂く音とともに悪魔の胸をリベリオンが貫いた。勢いに押され、悪魔は近くの街灯に激しく身を打ちつける。


『は…っ!』

「…これで少しは懲りたか?」


どこからともなく現れたダンテに、悪魔は口角を上げてみせる。


『…そんなにあの子のことが大事?あの子の声を使われるだけで激昂するほど』

「…少なくとも、お前には使われたくないな」


悪魔を鋭く、冷たい目で睨みつけ、ダンテは言う。
昨夜見た、屋上で膝に顔を埋めて泣くリアラの姿を思い出す。背を丸め、時々肩を震わせて声なき声で泣くその姿に、自分に不安な顔を見せないために必死に耐えているのだと、そう思った。
そう、と悪魔は呟くと、ダンテの頬に手を伸ばす。


『でも、簡単には返してあげられないわ。あなたがあの子に返してあげるのね』


そう言うと、悪魔は頬から胸元に手を滑らせ、トン、と軽く押した。その瞬間、ダンテの中に何かが流れ込む。


「っ!」

『ちゃんと返してあげられるかしら。ふふ…楽しみ…』


笑って手を離すと、悪魔の身体は砂になって崩れ落ちた。それと同時にいくつかの光が現れ、空の彼方に消えていく。その様子を見つめた後、地面に落ちたリベリオンを拾い上げると、ダンテは自分の胸に手を当てる。


「……」


身体の中に感じる、リアラの魔力。恐らく、これが彼女の『声』なのだろう。
ため息をつき、ダンテは髪を掻き上げる。


「どう返したもんかね…」


考えても思いつくわけがない。とりあえずはリアラを安心させるために事務所に帰るべきだろうと考え、仕方なくダンテは歩き出した。




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