三日後―。
スラム街に着いたリアラは、事務所に向かって歩いていた。
(あともう少し)
もう少しで事務所に着くと思うと、嬉しさで自然と足が早くなる。事務所に暮らし始めてまだ一ヶ月だが、自分にとってあの場所はもう一つの帰る場所になっていた。
(帰ったらダンテさんに何を作ってあげようかな。最近は温かいからなあ…)
やがて事務所に着いたリアラは、息を整え、目の前の扉を開けようとドアノブに手を伸ばす。
だが、横から別の手が伸びてきて、驚いて手を止めた。
「あ、す、すみませ…」
「いや、こちらこそ…」
慌てて謝ったリアラは見上げた先にあった顔に目を見開く。
猫っ毛のくせのある銀色の髪に、アイスブルーの目。紺色のコートを羽織り、中にはフード付きの赤いパーカーを着ている。
ダンテと似た容姿にも驚いたが、それより何より、彼の気配が幼い頃に一度だけ会ったかの人を思い出させた。それと同時に、昔遊んでいた男の子の面影が目の前の顔に重なる。
「…ネロ…」
リアラが思わず呟いた言葉に、目の前の青年は驚いた顔を返す。
「あんた、何で俺の名前を知って…」
そう言った途端、青年―ネロは険しい顔になる。そして、リアラと距離を置き、ホルスターに入れていた銃を突きつけた。
「…お前、悪魔か?」
「…え…」
ネロが放った一言に、リアラの動きが止まる。いや、凍りついた、と言った方が正しいかもしれない。
頭が、働かない。状況を整理することもできず、ただただネロの言葉が繰り返し頭の中で反響する。
「あ、の、その…」
ぎこちなく唇を動かし、何か言おうとリアラが必死に声を絞り出した、その時。
「…坊や、今言ったことをもう一度言ってみろ」
突然扉が開いたかと思うと、何かに強く引き寄せられた。驚いてリアラが顔を上げると、ダンテが自分をその腕で抱き寄せていた。地を這うような低い声に、ダンテが怒っているのだとわかる。
ダンテは片腕でリアラを抱きしめたまま、エボニーをネロの額に突きつける。やっと我に返ったリアラはすがるようにダンテを見上げる。
「ダンテさん、お願いです、こんなところで戦いは止めてください!ネロは勘違いしただけです!」
「勘違いで済まされることじゃない」
「お願いですから!キリエだっているんですよ!」
そう、リアラがネロを見上げた時、後ろには茶色い髪に白い服を着た女性―キリエもいた。彼女にそんな血生臭いものは見せられない。
リアラの言葉に、ネロは再び目を見開く。
「お前、何でキリエのことまで知って…」
「…リアラ、リアラなのね?」
ふいに、ネロの後ろにいたキリエが口を開く。その言葉にリアラは目を見開き、キリエの方を振り返る。
「キリエ、覚えてるの…?」
「リアラの姿を見たのと、名前を呼ばれたことで思い出したわ。…十年ぶり、かしら」
「…うん」
どんどんと話を進めていく二人に、ダンテとネロは状況が理解できずにいる。再びダンテを見上げ、リアラは懇願する。
「…お願いです、ダンテさん。二人とも、私の知り合いなの。それに、ダンテさんとネロが戦って傷つく姿を私は見たくない」
「………わかったよ」
深い深いため息をつき、銃を下ろすとダンテは事務所の中に入る。その姿を見つめてから、リアラはネロとキリエの方を振り返った。
「ここで話をするのも何だから、二人とも中に入って。お茶を淹れるわ」
「ええ。お邪魔します」
「…ああ」
リアラに促され、ネロとキリエも事務所の中に入った。