▽ 気遣いの意味 9
夕日の赤い光が窓から射し込む頃、明日の注文の品を棚に入れていたキリエはベルの鳴る音に気づき、振り返る。
「あら、リアラ」
「こんばんは、キリエ。お願いしてたコート、取りに来たよ。遅くなっちゃってごめんね」
「いいのよ、今用意するわね」
「うん」
棚からリアラの注文票が入った場所を探し、コートを取り出すとカウンターの上に置く。
「こんな感じに仕上がったのだけど、どうかしら?」
「わあ…」
子供のように目を輝かせ、リアラは感嘆の声を上げる。
「広げてみてもいい?」
「ええ、どうぞ。全体を見て確認して、直すところがあれば教えてもらえるかしら?」
「わかった」
頷き、リアラはコートを広げる。前、後ろとくるりと回して見て、装飾も確認する。
「うん、とてもすてきなコート…!どこも直すところなんてないよ、ありがとう、キリエ!」
「満足してもらえてよかったわ。ダンテさんも気に入ってくれるといいわね」
「うん!」
子供のような笑顔で頷いたリアラに優しい笑みを返す。リアラから代金をもらうと、コートをきれいに畳み、袋に入れて手渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、キリエ」
こちらに小さく手を振って、リアラは店の入り口に向かう。パートナーのダンテは店の外で待っていたようで、扉を開けた先で少し話をした後、二人が並んで帰っていくのが見えた。微笑ましい光景にふふっ、と思わず笑みが零れる。ふいに近くからキィ、と扉の開く音が聞こえてそちらを見やると、自分のパートナーであるネロがいた。
「リアラ、来たんだな」
「ええ、ちょうど今帰ったところよ」
「そうか。受け取る前にコートを見たんだろうけど、どうだった?」
「とても嬉しそうにしてたわ。それに、とてもすてきなコートだって、そう言ってくれたわ」
「…そうか。よかったな」
「ええ」
優しい笑顔で言ってくれたネロに柔らかな笑みを返す。リアラが去っていった店の扉に視線を移し、ポツリと呟く。
「…リアラ、変わったわね」
「…そうだな。おっさんと契約して一緒にいるようになってから、よく笑うようになった」
「ええ。今までも笑顔は見せてくれていたけど、あんなに笑うようになったのはダンテさんと暮らし始めてからね」
今までの境遇ゆえに、彼女が上手く感情を表に出せなかったことを知っている。人と距離を置いていたことを、知っている。
それが、彼と出会ってから、彼女は変わった。少しずつ、ゆっくりとだったが、自分からみたらそれは確かな変化で。普段の穏やかな笑みが増えたのもあるが、明るい笑顔も見るようになった。自分達が数年かかった距離を、ようやく見れるようになった表情を、一年足らずで埋めてしまい、見られるようになった彼の力はすごいと思う。
「私、今のリアラが好きよ。昔よりよく笑うようになったリアラが好き」
「…そうだな。俺も、そうだよ」
同じ気持ちだと、ネロは目を細めて頷いてくれる。どうか彼女がこれからも笑っていてくれますように。キリエは祈るように心の中で願った。
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