▽ 月の満ちる夜に 10
『…まさか、覚えてたなんてな』
「…え?」
思ってもみなかった言葉に、私は顔を上げる。彼は昔を懐かしむような顔をしていた。
『二百年近くも前のことで、子供だったあんたが覚えてるとは思ってなかった。たまたま気づいて助けただけだし、記憶に残らなくてもいいと思ってた』
「……」
『…それが、また、こうやって助けることになって。こうやって、礼を言われて。不思議なもんだな』
ああ、この人も、覚えていてくれていたんだ。そう思ったら、自然と笑みが浮かんでいた。
「…理由が何だったとしても、助けて頂いたことには変わりありません。それに、あの時、あなたは私を気遣ってくれたじゃないですか」
子供を相手にどうしたらいいか戸惑いながらも、安心させるために抱きしめてくれたこと、自分に触れる時に鋭い爪で傷つけないように慎重に触れていたこと。あの時にはわからなかったことが、今ならわかる。この人は、優しい人だ。
『よくそんなところまで鮮明に覚えてるもんだ』
私の言葉を聞いた彼は目を瞬かせた後、おかしそうに笑う。満月の夜にこうやって穏やかな時間を過ごしたのは久しぶりかもしれない、そう考えて、あ、と私は声を上げる。
「そうだ、あの蛇の魔獣達をどうにかしないと…。すみません、私、家に戻らないと。知り合いに連絡して、あの魔獣達を引き取ってもらいます」
『家って、後ろのあれだろ?』
彼が顎で指し示した方を振り返ると、そこには木に吊るしたランタンの明かりに照らされた私の家があった。
『あんたの魔力を頼りにここに来た。中で休ませようと思ったんだが、結界が張ってあったからな…ここで様子を見てた』
「すみません、何から何まで…」
『いや、大したことじゃないさ。…なあ』
「?」
立ち上がろうとした私を呼び止め、彼は言う。
『さっき、私が返せる物は何もない、ってあんた言ったよな。…一つだけ、返せる物があるぜ』
「え…?」
目を見開く私に、身体を起こした彼は姿勢を正す。彼の視線が、私より少し上になる。
じっと私を見つめた後、彼は静かに口を開いた。
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