▽ 想いの歌 17
刻一刻と本番が近づく。講堂内に並べられた長椅子には大勢の人々が座り、入口の前にも立ったまま見ようと人集りができていた。
姿は見えなくとも外のざわつきでどれだけの人がいるかわかる。静かに本番を待つリアラの耳にダンテの呟きが届く。
「すごい人だな」
「歌がお祭りの主体だからね、毎年大勢の人が観にくるよ。この時間は街の人達も仕事の手を休めて観にくるの。街の人達にとって大事なお祭りだからね」
そんな大事なお祭りにコーラスとして参加させてもらえるなんて、光栄なことだよ、とリアラは言う。緊張は解れたようで、柔らかな笑みを浮かべる彼女にダンテもそうか、と優しい笑みを返す。
「リアラさん、そろそろ準備お願いします」
「わかりました」
舞台の準備を担当する男性から声をかけられ、リアラは椅子から立ち上がる。壇場へと繋がる入口、そこへ続く短い階段の前に来たリアラの隣りにダンテは寄り添う。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ダンテが見守っててくれるもの」
ダンテの気遣いにリアラは穏やかな笑顔で返す。周りを心配させないために見せた作った笑顔とは違う、いつもと同じ自然な笑顔。この笑顔なら大丈夫だな、とダンテは頷く。
「そうか。がんばってこいよ」
トン、と大きな手が背を押す。うん、と頷いて、リアラは階段を上がる。入口の前に立つと、反対側の入口にキリエも立っていて、こちらを心配そうに見ていた。いつもなら緊張の中、何とか大丈夫だと伝えるために頷くのだが、今日は違う。傍に寄り添ってくれる人がいる。その安心感が、心を緩やかに、静かにしてくれている。
(大丈夫)
笑顔で頷けば、彼女はいつもと違うその意味を感じ取ってくれて、優しい笑みで頷き返してくれた。
「では、これより歌姫とコーラスの二人による秋の豊穣を願う歌を歌わせて頂きます。歌の間はお静かにして頂けますよう、お願い致します」
スピーカーから本番の開始を告げる放送が流れる。リアラは壇場へと一歩を踏み出した。
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