▽ 月の満ちる夜に 8
『弱った女を狙うとは、魔獣の風上にも置けねえな』
声が響くと同時に、目の前の魔獣が悲鳴を上げる。魔獣が顔を上げた隙間から見えたのは、魔獣の尾を踏み止めているもう一体の魔獣。蛇の魔獣の方が遥かに大きいのに、力はあちらの方が強いのか、魔獣は逃げ出せずにいた。相当強い力で踏み止めているのか、ミシミシと骨の軋む嫌な音が聞こえる。
『これ以上痛い思いをしたくないなら、さっさと帰れ。じゃねえと…これだけでは済まないぜ?』
す、と魔獣の鋭い目が細められる。その殺気に戦意を喪失したのか、蛇の魔獣は弱々しい声を上げて木々の向こうへ消えていった。
『大丈夫か?』
一つため息をついて、魔獣はこちらへと歩いてきた。満月の光で魔獣の姿が照らし出される。
虎の身体に鷲の翼を持ち、頭に鹿の角を携えた魔獣だった。その身体は白く、月の光を受けて銀色に光る。こちらを見つめる目は空のような、明るく澄んだ青色だった。
その目に、その言葉に、幼い頃の記憶が重なる。
『おい、聞こえてるか?』
嘘だ、こんな奇跡みたいなこと、あるわけがない。夢を見て、その日に、なんて。
ああ、でも、なぜか…
『おい、』
「…また、助けてくれたの…?」
なぜか、この人だと思った。同じ人だと、思った。
ようやくそれだけを呟いて、私の意識は闇に落ちた。
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