▽ 知らない感情 9
「あ、リアラさんは何か特別なお手入れとかしてないの?」
場の雰囲気を変えようと、ディーヴァが尋ねてくる。私?と首を傾げ、うーん、とリアラは考えこむ。
「特にはしてないかなあ、お風呂上がりにちゃんと髪を乾かして櫛で梳かすくらいで…」
「それでそんなにきれいなんてうらやましい…」
「あはは、ありがとう」
「リアラは髪伸ばさねえの?何か理由があるんだろうが…」
「あー…えっとね…」
言い辛そうに言葉を濁し、リアラは続ける。
「私が髪を伸ばさない理由の一つでもあるんだけど…今まで何度も魔獣に髪を切られたり、食べられたりしたの。戦う時にも邪魔になっちゃうから…あまり伸ばさなくなったの」
「あ…」
ディーヴァは息を飲む。そうだ、前に聞いたことがある。魔獣と魔女の子であるリアラは幼い頃から幾度となく魔獣に襲われてきたことを。それゆえに戦う術を身につけたことを。
「リアラさん、大変だったんだよね…」
「あ、重い話しちゃってごめんね!気にしないで、この髪型も気に入ってるし…」
「…でもよ、」
黙って話を聞いていた若が口を開く。
「兄貴は、気にしてるんじゃねえの?」
「…え?」
若の言葉に、リアラは目を見開く。
「さっきの話聞いてる限り、兄貴に話しかけられてそっちを向いた時に魔獣に髪を食べられたんだろ?責任感じてんじゃねえの?」
「でも、それは私の不注意で…」
「不注意だろうが何だろうが、自分が話しかけて隙を作っちまったのは事実だろ。オレが同じ立場なら気にする」
「……」
「それにお前の場合はそういう過去があるし、兄貴はガキの頃のお前を助けたことがあるし、なおさらだろ」
「!…知ってるの?」
「ガキの頃、兄貴から聞いた。何日か経ってからだったが、ねだるオレに話してくれたよ。すげーって興奮してたオレに苦笑してたのを覚えてる」
「……」
椅子にもたれかかり、頭の後ろで手を組んだ若は天井を見上げる。
「兄貴なりにお前のこと心配してんだよ。あんなに過保護な兄貴、初めて見たんだぜ?オレ達兄弟相手でもあれ程ではなかったし。お前を気に入ってるってのもあるんだろうけどな」
「…そう、なのかな…」
「そうそう。だからあんま気にすんなって。メモにわざわざ心配するなって書いてるくらいだし、ちゃんと帰ってくるさ」
「そうだよリアラさん!髭さん、ちゃんと帰ってくるよ!ダンテと違って約束守ってくれそうだもん!」
「おいディーヴァ、それどういう意味だ」
「そういう意味ですぅー」
目の前で痴話喧嘩を始めた二人を見つめていたリアラは、やがて目を細めて笑った。
「…二人共、ありがとう」
その言葉にディーヴァと若は目を瞬かせたが、こちらに向かって笑いかけてくれた。
「私、新しい紅茶淹れてくるね。今度はミルクティーにしようか」
「ミルクティー!飲みたい!」
「じゃあ頼むわ」
「わかったわ、ちょっと待っててね」
二人のおかげで軽くなった心を連れて、リアラはキッチンへと向かった。
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