▽ 知らない感情 8
「はい、どうぞ。若は砂糖があった方がいいんだよね」
「ああ、サンキュー」
温かな紅茶が注がれたティーカップがディーヴァと若の前に置かれる。鮮やかな紅色の液体が揺れ、湯気に乗っていい匂いが広がる。
「お菓子がなくてごめんね」
「大丈夫、こっちが押しかける形になっちゃったんだし、気にしないで。…うん、美味しい。リアラさんの淹れてくれる紅茶美味しいなあ」
「ありがとう」
「…で、本題だが」
角砂糖を二つ入れ、スプーンでぐるぐるとかき混ぜながら、若は話を切り出す。
「どうしてそんな髪になっちまったんだ?兄貴もいないし…一体、何があったんだ?」
「えっとね…」
椅子に座り、手に持っていたトレーをテーブルに置いたリアラは事の経緯を話し始めた。仕事で魔獣と戦っている時に髪を切られ、食べられてしまったこと、その帰りにダンテと喧嘩してしまったこと、次の日にダンテがメモを残して出かけてしまったこと。話を聞き終えると、なるほどな、と若は頷く。
「だから兄貴がいなかったわけか」
「うん」
「リアラさん、髪はどうするの?伸びるまでそのまま?」
「そうだね、特に困ることもないし、自然に伸びるのを待つよ」
「ルティアに頼めばいいんじゃねえの?あいつなら髪伸ばす薬も作れるだろ」
「ルティアは今、大きな仕事が入って忙しいの。そんな忙しい時に頼むわけにはいかないよ」
「そっかぁ…あたしの魔法じゃ無くなった髪を戻すことはできないし…ごめんね、リアラさん」
「ディーヴァが謝ることじゃないよ、私の不注意が悪いんだから」
笑って返すリアラにでもよ、と若は続ける。
「髪は魔女にとって大切なモノなんじゃねえの?魔力の塊でもあるんだろ?」
若の言う通り、魔女にとって髪は大切なものだ。身体の一部で魔力の塊でもあり、いざという時に使うもの。使う機会なんてそうそうないだろうが、魔女の間では昔から大事にするように言われてきたもの。
「そうだね、確かに魔女にとって髪は大事なものだよ。私みたいに髪が短い人は少ないだろうね」
「だろうな、オレが見てきた魔女は髪が長いのが大半だったからな、ディーヴァもそうだし」
「女にとって髪は命だよ、魔女ならなおさら!あたし、毎日ちゃんとお手入れしてるもん!」
「そうだな、ディーヴァの髪が一番綺麗だ」
エメラルドティントの髪を一房取り、手の甲にでもするかのように、若は恭しく口づける。真っ赤になって慌てるディーヴァをリアラは微笑ましく見つめる。
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