どこまで(風来坊と軍師)

*現代


図書館からの帰りは思いの外寒くなっていた
何時かと思い腕時計を見れば8を指す直前である
朝も寒かったがここまで寒くなかった。コートは持っていたがマフラーや手袋はしてこなかったので縮こまるようにして歩き出す
吐く息の白さに今度はため息を漏らした
見上げれば空はやや朱を醸し出した曇り空で明日は雪かもしれないと思う
雪は得意ではない
それは半兵衛が体質虚弱とか関係なかった
生理的に嫌なのだ
特に雪の上に落ちた椿など見るのも嫌になる
多分理由は前の世で雪の日に吐いた赤が雪の上に落ちたのを思い出されるからだろう
全く、今は関係ないものをとため息をもう一つ吐くといきなり背後から肩を叩かれる
と同時に自転車のブレーキ音
「よ、今帰り?竹中」
自転車に跨がったまま慶次は軽快に笑う
「そう。びっくりしたよ」
「いやあ見た事背中だなぁと思って思い切りそこから漕いできた」
そこという場所を見れば坂道の頂上。途中に交差路もある
「君ねえ、いつか轢かれて死ぬよ?」
「大丈夫だよ、あっこれ」
慶次がポケットをまさぐるとコーヒーの缶が一本出て来た
それを半兵衛に差し出す
「くれるの?」
「うん、俺漕いでたら暑くなったし」
手渡される時触れた素肌の指は自分と変わらないくらい冷たかった
相変わらず、だ。と思いながら温くなった缶を両手で握る
他人のが弱っていれば自分を差し置いて助ける。長所であり厄介な性質だ
とかく何を言っても多分聞かないだろうけど
「なー明日雪だって」
「みたいだね」
「楽しみだなあ」
楽しみなのと疑いの眼差しを送れば花が咲くよう笑いだってあいつらとやる雪合戦楽しそうじゃない?と返してきた
「まあ、ほどほどにね」
「んー頑張る」
これは聞いてないなと思いながらコーヒーを開ける
香ばしい匂いが鼻つく。本当はお茶が好きなんだが文句付けるほど愚かではない
「半兵衛はまだ雪嫌いなわけ?」
「まあね」
「そりゃあんな思いしちゃ嫌だよな」
はっとして慶次を見遣る。もしかしてこの者も昔の、そう思い浮かんだ
「昔手加減無しで雪の中に突き飛ばしたら泣いたじゃん半兵衛」
「…ああ、そんなこと」
まだ小学生の頃の話だ。今思い出しても嫌な思い出だがそれより記憶がないことに少し安堵した
交遊していがみ合うようになってそのまま死んで
そんな事覚えていないほうがいい
もし、覚えてられたら今のままのぬるま湯の関係を貫ける気がしなかった
「まだ怒ってる?」
「今更、だよ」
そう今更なんだ。そう慶次は思う
雪の中で吐いた赤の赤さは今も忘れられない
そして助け起こそうとして払いのけられた手の冷たさも
そんな事望んでなかった
そんな関係でいたくなかった
だけどどうにもならず終わってしまった
だから今は知らないふりして小言を貰って笑っていることが嬉しくて仕方ない
望んだことがようやく形になったのだ
あえて壊すこともなかった
「雪、いつか好きになるといいな」
「そうだね、いつか」
仰いだ空の重い色に明日は雪になると確信した


***
覚えてることを知ったうえで知らないふりしてる慶次と知らないと信じてる半兵衛
それで保たれる日常

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