夕日が窓に差し込む黄昏時、部活動を終えた生徒のお疲れ様でしたの声、下校をするきゃっきゃとした声。色んな声が暖かいオレンジ色に包まれる時間。

日直だった私は書いた日誌を先生に提出するべく、職員室に向かっていた。校内にはもうほとんど生徒は残っていないようで、昼間の騒がしさと打って変わった、静寂が建物内に広がっている。


「失礼します」


ドアをノックし、職員室の扉を開ける。どうやらほとんどの先生が出払っているようだったが、唯一残っていたのだろうか、煉獄先生がキィと椅子の音を立ててこちらを一瞥し、笑った。


「苗字か、どうした。もう下校の時間だろう」
「煉獄先生、あの、日誌を冨岡先生に提出したくて」


そう返答すると、ああと納得がいった煉獄先生が一つの机を指差す。


「そういう事だったか、冨岡は今いないが、机はそこだ」
「ありがとうございます」


お礼を言い、指の刺された机に向かう。その椅子には確かにいつも冨岡先生が来ているジャージがかかっていて、彼の机で間違い無いことがうかがえた。

机の上にそっと日誌をおいて、煉獄先生の机をちら、と見つめる。ペンを片手に生徒のノートを確認している。


「それ、今日提出したノートですか?」
「ああ。苗字のはもう確認したぞ、よくできていた!」
「えへ、ありがとうございます」


煉獄先生の授業はとてもわかりやすい。例にたがわず私も先生の授業が好きで、ノート作りもどの教科よりも頑張っていると自負できる。


「先生の授業面白いから。頑張れます」
「わはは!それは教師冥利につきる!ありがとう」


笑う先生は本当に嬉しそうで、正直に言って良かった、と顔がほころんだ。


「それに、今、習っている時代が好きで」
「大正か」
「そうです、15年間しかない、今の私よりも短く終わった時代のことが、」


とても、興味を惹かれるのです。
そう告げると、煉獄先生はそうか、と小さくうなずいた。


「…具体的に大正のどんな事に興味があるんだ?」
「えーとご飯はどうしていたのだろうとかですね!あと移動手段や電気の発達とか、うーん、どんなことでも気になります」
「そうか、そうだな、なら一冊いい本を知っている。今度持ってこようか」
「!本当ですか」


もちろんという、先生の言葉に心が躍った。嬉しい、煉獄先生のオススメなら、きっと読み応えのあるものだろう。楽しみだ。


「先生、あのね」
「ん?」
「私、大正時代が気になる理由、もう一つあるんです」



心が浮き足立って、こんなことを言い出してしまった。先生はペンを止め、きょとりとした顔でこちらを伺っている。あ、珍しい顔を、見れたなぁ。



「それはなんだ?」
「…もしもね、」


もしも前世があるのなら。


「私は絶対、この時代を生きていた。そう、思うんです。なんて」


…変なことを言って、すみません。
驚いて目を見開いている煉獄先生を見て、早々に笑って謝罪をした。困らせるつもりはなかったのだけれど。

先生はじっと私を見つめる。真っ直ぐに。それがどうしてか少しだけ、怖くもあって、咄嗟に言葉を連ねた。


「先生、私、帰ります。冨岡先生によろしくお伝えください。あの、また明日」


礼をすると、そうか、また明日、と遅れて煉獄先生の声。その声を合図に職員室を後にした。





職員室を出ると、オレンジ色は、深い青に飲み込まれそうになっていた。

足を下駄箱へ進めながら、けれど何故か次第に鼻がツンとしてきて、ほろり、涙が私の頬を一つ伝う。あれ。


「なんで私、泣いてるんだ」


何も悲しいことはなかったのに。煉獄先生と、話をして、本を貸してもらう約束をして。




『ーーーさん、もうすぐ日が暮れます』
『そうか!じゃあ帰ろうか、名前』




「…??」
「名前?」
「あ、炭治郎」
「どうした、こんな時間まで、いやどうした!どっか痛いのか」


立ち尽くす私の目の前に現れたのは、幼馴染の炭治郎だった。涙を流していることに気づいて慌てて駆け寄ってくれる。


「わかんないんだ、急に出てきて、止まんない」
「ああ、こするなほら、ハンカチ貸してやるから」
「ありがとう”」
「余計泣くのか」
「優しさが染みて…」


幼馴染からハンカチを受け取って、目に当てる。これは腫れてしまうだろうか、家に帰ったら冷やさなければ。


「あのね炭治郎、日誌を職員室に持って行ったら煉獄先生がいて、」
「うん」
「先生と、今習ってる、大正の事をお話したの」
「そうか」
「ほら私、この時代、好きじゃん、なんでか。その事を先生に言ったら、いい本があるから貸してくれるって、嬉しくてそれで、あれ、これ嬉し泣きかなもしかして」
「うーん…違うんじゃないか」
「そっかぁ」


とりあえず、日も暮れてきたから、一緒に帰ろう、と炭治郎が私の手をとる。高めの手の温度が、じわりと私に移る。ああなんだろう、これはそう、…”懐かしい” だ。


「…昔も、」
「うん?」
「誰かと、こうやって、日暮れの中を帰った気がする」
「…」
「ねぇ、炭治郎、私なんか、おかしいかな」
「名前はおかしくなんてない」
「…ありがとぉ」


炭治郎は、いつだって私を否定しない。優しく肯定してくれる。変な事を言ってるはずなのに。優しい男だ。きっとモテる。自慢の幼馴染だ。


「ゆっくり行こうな、名前」
「…うん」


私の歩幅に合わせて歩いてくれる炭治郎の背を見つめながら、ぼんやりと考える。


『ーーーさん、もうすぐ日が暮れます』


それは、誰だったろう。



忘れ得ぬ思い出は黄昏と眠る



とても温かい手だった、それだけは確かなのに








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あやふやな前世の感覚に引っ張られてはいるけれど思い出せてない主人公と、かつて縁を結び夕暮れを歩いた彼の人と、今世で隣を歩いてくれる幼馴染の友人、のお話。







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