今日も今日とて隊士食堂は忙しなかった。

大勢で向かう任務が発令、向かうその前にと食堂に寄る隊士がひっきりになしに訪れていたからだ。


「苗字さんごちそうさま」
「お粗末様です、気をつけて行ってきてくださいね」
「またご飯食べに来るよ」
「はい!お好きなものを作ります、無事に帰ってきてください!」


そんな風に、一言二言、食べた後の食器を返しにきた隊士と言葉を交わす。

行ってらっしゃい、また食べにきてください。
生きていれば、また美味しいものを食べてもらうことができるから。



目まぐるしく慌ただしい時間が過ぎ、だいぶ人も落ち着いた頃。
このくらいなら私だけで対応できそうだと判断し、食堂を手伝ってくれている皆に休憩に入るよう告げる。


「この後は、お館様の夕餉の確認に行って、次の献立を決めてしまって‥」


隊士は見送ったがまだこれで今日の仕事が終わったわけではない。やるべきことを忘れないよう呟きながら、食堂をもくもくと片付ける。


「あ!明日から隊士は少ないから、お米を炊きすぎないようにしないと」
「おい、」
「足が速いものも避けて、」
「‥名前」
「え、はいっ!?」


次から次へと浮かぶ物事に気を取られ、背後から呼ばれていたことに気づかなかったようだ。名を呼ぶ声にハッとし、思わず良い返事をしてしまう。
一体誰だと振り返ると、水柱である義勇さんが立っていて、私をじぃと見つめていた。


「義勇さん…!」
「…集中するのは良いが、気配に気づかないのは駄目だ」
「す、すみません」


ぐうの音もでない。慌ただしさに気を取られ、全く気づかなかったのも申し訳ない。が、ここにきたと言うことは目的は一つだろう、と気を持ち直し義勇さんを見上げる。


「お食事ですか?」
「ああ」
「わかりました、いつもので大丈夫でしょうか?」
「ああ」


では、ここに。と座ることを促して台所へ向かう。義勇さんは大抵人の多い時間を避けるので、台所から話しかけやすい椅子へ座ってもらうことが多い。


「先ほど多くの隊士達が任務前にここへ来ました。義勇さんも例の森へ?」
「そうだ」
「気をつけて行ってきてくださいね」
「…ああ」


義勇さんとの会話はとても端的で、私が話す内容に相槌を打ってもらう、という形で進む。鬼殺隊に入ってからの彼はずっとこういった感じなので、私ももうあまり気にすることはない。


「あ、そうだ、今度いい鮭が手に入りそうなんです!いつもお世話になってる魚屋さんが仕入れる情報を先に教えてくれて。丁度、任務が終わる頃にいただけそうですよ。その際は鮭大根作りますね」
「‥そうか」


死角になって見えない彼がふ、と笑ったようだった。
楽しみだと感じてくれているのなら、そんな嬉しいことはないなぁ、と思う。

そして、ふと昔の事を思い起こす。





『食べてください、義勇さん、食べなきゃだめです。食べないと、死んでしまいます』
『いやだ食べたくない、食欲が無い』
『無くとも、食べてください。義勇さんは生きている。生きるために、食べて。何か食べたいものはありませんか?私が作ります。生きていればきっと、今を思える日が来るかもしれない、ねぇだから、』


ボロ、と涙が流れた。嗚咽で続きが紡げない。けれどそう、私たちは生きている。生きなければならない。

錆兎さんの分まで。


『‥‥‥鮭、』
『‥え』
『鮭大根‥、食べ、たい』
『‥‥分かりました!すぐに作ります、お口に合うものを頑張って作ります。待っていてください!』



あれは。
入隊試験が終わってすぐの頃だった。
一人の少年の活躍により、ほとんどの者が生き残った年。私もまた、生き残った一人だった。





「鮭大根の味付け、だいぶ上手くなったと思うんです」


美味しく、とどれだけ作っても敵わないものがある。思い出の味、というものだ。どんなものと比べても、きっとそれに勝るものはない。

そんなものに近づけたらいい、と思うのだ。


「はい、できました」


料理を義勇さんの前に置くと、ゆっくりと手を合わせ「いただきます」と呟いてから、箸をつけていて。この人は随分誤解をされやすい性格だと思うけれど、細かい部分に滲み出るものがある気がするなぁと思う。


「名前俺は、」
「?はい」
「‥好きだ」
「‥え」


珍しく義勇さんから話し始めたため、耳を傾けたのに。突然の告白に思わず閉口した。え、突然何を言ってるんだこの人…表情を伺ってみるが、何を考えてるかわからない目が二つこちらを見つめていて。

その顔一体どういう気持ちだ‥?いや、でも多分これは、


「お前の料理が」
「‥うん、やっぱりですか!義勇さんそういう所良くないと思います、倒置法って言うそうですよ!」
「とう‥?」
「びっくりさせないでください!色々考えた結果の発言だと思うんですけど!そんな風で勘違いされたり言い寄られたりしても私は知りませんよ!」
「??」
「もー、」


なんでこんなに言われてるのか全くわからない、という顔の義勇さんに、これ以上の発言は無意味だと判断し小さくため息を吐く。


「ちゃんと、無事に任務から戻ってきてください。美味しい鮭が無くなってしまう前に」
「ああ、わかった」


返事に満足して、台所に戻る。

義勇さんってあれで今まで大丈夫だったんだろうかいや、私なんかに心配されなくても大丈夫なんだろうけど…大丈夫なんですよね?いや考えるのやめよう、なんとかなっているんだきっと。


(…任務完了は未定、一週間…鬼の数が多いと聞くから二週間、だろうか)


帰ってきた時はまた忙しくなる。いってらっしゃいと言った隊士たちに、おかえりを言わなくてはいけないのだ。


(…どうか、)


どうか、皆無事で帰ってきますように。



いただきます



緊張で、濃く味付けをしてしまった鮭大根。


「ごめんなさい、美味しく作ると言ったのに。材料、これしかなくて、作り直せなくて…」


しどろもどろに言葉を連ねる私をよそに、一口二口黙々と橋をつける義勇さん。

「…美味しい」
「義勇さん、」
「ありがとう名前」
「…はい」

また涙を流す私。もう涙を流さない貴方。
私は今でも覚えている。


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