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寄り添う


※本誌ネタバレ含みます。単行本派の方は注意!


「なぁ善逸」
「ふぁ?」
「どうしたら小夜莉を娶れると思う?」
「ぶふぉ!? んぐっ、は? え? なに急に!?」

団子を口に含んでいた善逸は、俺の問いかけにそれを吹き出しそうになっていた。それを何とか飲み込んで、善逸は俺に聞き返した。
何とかして、彼女と結婚したい。夫婦になりたい。そうしたら彼女と一緒にいられる。誰にも文句など言われない。もっと側に、近くに、寄り添って生きていられる。

「……なら、そういえばいいじゃん、何を戸惑ってるわけ」
「実は、先日まぐわったときに伝えたんだが」
「まぐわっ……!?」
「断られた」
「へ、そうなの!?」

小夜莉ちゃんって断れるんだ……、と遠い目をして呟いた善逸に、俺の心が陰っていくのを感じる。そうだ、彼女ははっきりと断った。「ごめんなさい」「怖い」「俺と夫婦となれる自信がない」と。
その時に、そんなことないと言えればどれだけよかっただろう。そんな根拠もない自信を言ってのけてしまえれば、どれほどよかっただろう。しかし、俺はあのとき欲を吐き出すだけで、結局彼女を安心させてあげられる言葉を、何一つ伝えられなかった。

「……小夜莉は、痣が出てるんだ。俺も」
「……。あぁ、そうだな」
「長生き出来るか、分からない。先行きが見えない状況で、共に生きたいと願う俺は、欲張りだろうか」

俺たちが生きた証を、俺たちの愛の結晶を、───あの子との子が欲しいと望む俺は、自分勝手なのだろうか。

「……好きな子との子供が欲しいと思うのは、自然だろうよ。小夜莉ちゃんは単純に、怖いんじゃないかな、もし本当に25前後で命を落とすなら、今子が出来たとしても、幼い時点で親を無くすだろ、そんなの可哀相すぎる」

それが嫌なんじゃないか、と答える善逸に、やっぱりそうだよな、と俺は深いため息をついた。俺たちの関係はもう、詰んでいるのだろうか。二人で共に歩むことすら、難しいのだろうか。
ずん、と沈んでしまった俺を見て、善逸はしばし考え込んだ後に俺の背中をぱしんっと叩いた。その衝撃で、俺の体は少しだけ前のめりになる。

「馬鹿野郎。それくらいで落ち込むなよ。俺なら小夜莉ちゃんに何度断られようが、「夫婦になろう」って言うね! 何のためにお前に小夜莉ちゃんを譲ったと思ってんの? あの子が幸せになるためだよ! あの子の幸せそうな顔が好きだから、俺はお前の隣ならずっとそんな顔してくれると思ったから、身を引いたんだよ!」
「……善逸……」
「なんだよその顔は! ここで諦めるっていうなら、俺が横からかっさらうぞ!」
「それは駄目だ!!」

立ち上がった善逸に、俺は追うように立ち上がってその胸ぐらを掴んだ。それから我に返ったように目を見開いて、「それだけは、駄目だ」と再度言葉を繰り返す。

「小夜莉は、俺のだ」

はっきりと、そう告げた俺に、善逸は目を丸くする。それから呆れたように笑って、「ちゃんと言えるじゃん」と嘲笑した。そんな彼の姿を見て、俺はゆっくりとその手を離していく。視界で彼の長い金糸が揺れる、それを見つめた後に、俺は自分の手を見つめた。

「言ってあげろよ。待ってるんだよ、それを。 小夜莉ちゃんは」

どれだけ断っても、引かずに寄り添ってくれることを望んでいる。そうしてくれたら喜ぶはずだから。そういう子でしょ、と彼女のことをわかっているかのように言う善逸に、少し悔しくなる。俺だって、あの子のことをわかっているつもりだった。
本心では、俺と一緒にいたいと思ってくれているのかもしれない。もし本当にそうだとしたら、俺がしたことは本当に残酷なことなんだろう。

「俺、小夜莉が好きだ。本気で、好きなんだよ」
「うん」
「あの子を目の前にすると、いつもの嗅覚もおかしくなる。好きって気持ちが前面に押し出てきて、抑えが効かなくなる」
「……うん」
「だから、たまに分からなくなるんだ。あの子が本当に、俺のことを好いていてくれているのか」

嫌なことは黙ってしまうのではないか。俺のことを最初こそは好きだったかもしれないけれど、今はそうじゃなくて、それを言えなくてズルズル引きずってしまってるだけなんじゃないか。小夜莉を信用できない自分が、たまらなく嫌になる。
でもそれ以上に、小夜莉のことを好きな俺が彼女の自由を奪っている事実が辛い。
あの子を独り占めして、本当にいいのか。
でも、俺はそうしたい──と思っている。

「俺、いつまで惚気を聞けばいいわけ?」

善逸の問い掛けに、俺はきょとんと目を丸くして彼を見た。惚気、だったのか、今の? 切実に、悩みを打ち明けているのに。そんな俺に、善逸は呆れたようにため息をついたあとに、「お前のそういうとこだよ」と呟く。

「いいけど。ここまで来たらとことん聞くぞ。あっ、言っとくけど小夜莉ちゃんのためだからな!!」

そう怒鳴り声をあげた善逸に、俺は笑みを溢して頷いて見せた。

 *

どんよりと重たい空気を放つ私に、同行中のカナヲは不安そうな顔をして私の顔を覗き込んできた。そんな顔をさせてしまっているのは間違いなく私である。

「炭治郎のこと?」
「えっ!?」
「小夜莉が悩んでるときは、大抵炭治郎のことだから……」
「…聞いてくれる…?」

私の問いかけに、カナヲはきょとんとしたあとに「もちろん」と頷いて見せた。そんな彼女の優しさに甘えながら、私はカナヲと隣同士になって座る。

「私……炭治郎と別れようと思って……」
「……え? ど、どうして? 喧嘩でもしたの?」
「喧嘩とかじゃないの、私が弱いだけなの……」

意思が弱くて、彼をこの手に繋ぎ止める力もなくて、彼はあっという間に離れていきそうで、そうなるくらいなら、いっそのこと、自分の手で突き放してしまおうなんて、考えてしまって。

長くてあと5年。それくらいしか生きられない。
たったの5年だ。すぐにその日はやってくるに違いない。私にはその日が来るのが恐ろしくて、毎朝自分の体を抱き締めて、体温を確かめて。生きていることを実感する。
例えば一緒に夜に彼と寝たとしよう。目が覚めて、隣に眠る彼が、冷たくなっていたら、なんて想像して、触れて、体温を求めて、私はいつも安堵している。

「何度もそう考えるのが辛い。そんな風に考えるくらいなら、この関係を止めたい」
「……、……」
「自分勝手だって、分かってるよ。炭治郎の気持ちも考えずに、こんなこと」

炭治郎。あなたはどんな気持ちで私に「結婚しよう」なんていってくれたのだろうか。どんな思いで、「夫婦になろう」と告げてくれたのだろうか。
私はその言葉が、たまらなく嬉しくて、それでいて、とても。重かった。苦しいと、思ってしまった。

「せめて、せめて早死にしてしまう私なんかじゃない誰かと、幸せになってほしい」
「……小夜莉」
「うん、間違ってる。暴論だ。こんなの、おかしいって、自分でも思う。でもね、これしか、思い付かないの、方法が、ないの……」

もう時間だ、とゆっくり立ち上がってカナヲと別れた私は持ち場へと向かっていった。結局、カナヲに愚痴を吐いただけで終わってしまった。こんなはずじゃなかったのに。これは私の心の中に打ち止めておくべき本心だったのに。

(帰ったら、炭治郎のところへ行って、別れを告げる)

例えそれが、最善ではなかったとしても。
そう考えると、走馬灯のように脳裏に彼との思い出が過っていく。浮かんでくるのは、彼の笑顔ばかりだ。その笑顔が、大好きだった。私は心からあなたの笑顔を愛していた。でももう、これきりにしよう。
ほろほろ流れ出してきた涙を拭っていると、目の前に少年の姿が現れる。

「お姉さん、泣いてるの?」
「…………」
「大丈夫。僕に喰われれば、悲しむことないよ」

にこりと微笑んだ少年の姿が、鬼へと変化していく。完全に油断していた。攻撃を受けないよう距離を取ろうとしたが、敵の血鬼術に捕まってしまう。これは、糸のような何かが、私の体に絡まりついている。

「動かない方がいいよ。抵抗すれば食い込んで、痛いだけだから」

にやりと口角をあげた鬼の言う通り、動けば肌に糸が食い込み、血が滴り落ちる。遅れをとってしまった。柱として不甲斐ない、と後悔の念が押し寄せる。

「だぁいじょうぶ。一口で食べてあげるから、さ…」

そういって、私に襲いかかろうとした鬼だったが、その首はすでに斬り落とされていた。同時に宙吊りとなっていた体は解放され、どさっと温もりに包まれる。

「日の呼吸、円舞」

ひゅっ、と刀を鞘におさめた彼は、塵と化していく鬼を見届けてから、私に視線を向けた。怒られる、と思ってぎゅっと目をつぶった私だったが、炭治郎は想像していた反応とは違う言葉を放ってくる。

「無事か? 平気か? ああもう、こんなに傷だらけじゃないか……!」

傷ついた肌を見て、彼はおろおろとしながらその血を止めるように布で押さえつける。それから安心したように私の体を抱き締めて、大きく息を吐き出した。
あぁ、だめだ。こんなことされたら、決意が揺らいじゃう。私はそっと彼の体を突き放すように押し返す。

「小夜莉……?」
「…………」
「どうしたんだ? 傷が…」
「浅いから、平気。それより、どうしてここにいるの」

冷たく言い放った私に、炭治郎は顔を顰める。そして私の肩をつかんで、ちゃんと俺の目を見ろと私に告げた。それに反抗するように、私は視線を反らす。こんな子供じみた真似をしていたって仕方ない。切ってしまうなら、さっぱり言ってしまおう。

「炭治郎、私たち……」

私の言葉を遮るように、炭治郎は私の唇にそっと人差し指を立てた。見上げれば、炭治郎は今までに見たことないほど悲しそうな表情をしていて、その顔に私の胸は締め付けられる。だめだ、言うんだ、言わなきゃ、お互いのためにも。私は、彼の隣には居られない。

「何を言おうとしてるのか、そこまでは分からないが」

そんな顔をするなら、言うべきではないと思うぞ、と私の頬を包み込んだ。厚い皮膚に覆われたその両手は少しだけ湿っていた。よく見てみれば、彼の額にも少しばかり汗が滲んでいて、呼吸も乱れていた。ここまで、走ってきたんだ。それを理解してしまった瞬間に、愛おしさが込み上げてきて止まらない。
くに、と私の唇を上に押し上げる。彼が口吸いをするときにやる癖である。それを止める気力も起きず、されるがままとなっている私を、炭治郎は抱き寄せた。

「ごめん。君が、どれだけ俺から離れたがったとしても」

俺は君から離れたくない。

ぎゅうっと抱き締める手に力がこもる。その腕の中で、私は抱き締め返すことが出来ない。まだ私は躊躇している。完全に安堵できやしない。私は、あなたを本当の意味で愛することが出来ない。

「……小夜莉の言う愛ってなんだ? 愛するってそんなに、むずかしいことなのか?」
「それは、」
「例え君の愛がどんなものだったとしても! 小夜莉からの愛なら、俺は喜んで受けとる!!」

まだ、何もいっていないのに。それなのに、どんなものでも受けとるとは、よく言えたものだ。むん、と胸を張った炭治郎に、乾いた笑みが溢れる。私からすれば、炭治郎の愛はお日様みたいに暖かくて心地よくて、私には、眩しすぎる。

「それなら小夜莉の愛は、お月様みたいに綺麗で美しくて、儚すぎる」

手のひらから零れ落ちて、見失ってしまいそうだ。私の後髪を撫でた炭治郎は、私の瞼に唇を寄せる。一瞬、触れるだけのそれが離れていくのが名残惜しく感じてしまった。
あぁ、本当に、この人は。
私をその気にさせるのが、上手だ。

「鬼はもういない。さっきのが最後だ。後は、隠のひとたちに任せよう。カナヲもいるしな」

ぽんぽんと私の背中を撫でながら叩いた彼は、私の体を持ち上げる。私一人でも歩けるのに、そこまで重症でもないのに、そんなことしなくても、と思いながらも、炭治郎の首に腕を回す。そうして耳元で、囁いた。

「たんじろ、私、私ね」
「うん…」
「炭治郎と、わか、別れようって、思って」

少しだけ、炭治郎の体が強ばるのを感じた。しかし、彼は歩みを止めず、私の背中を撫でる。
本音を言えば、離れたいだなんてこれっぽっちも思っていない。けれど、それでも私は、あなたの幸せを願って、想って。

「小夜莉。君は『俺の幸せ』が何だか分かるか」
「……子供、欲しいんじゃないの……?」
「…『俺の幸せ』は、小夜莉の側にいることだ」

子供を作ることじゃない、と断言した彼は、私の体を離さないように強く、強く抱き締める。
君が側にいないのならば。一生独り身でいる覚悟であると告げた炭治郎に、私は肩の力が抜けていく。

「君が居なきゃ、君じゃなきゃ、意味がないんだ」

私の体を一旦離した、赤い瞳が私を見つめる。気を抜けば、その瞳に吸い込まれてしまいそうだ。じっと見つめ返せば、月明かりに照らされた彼は柔く微笑んでいて。

「君が嫌と言っても、俺は何度だって小夜莉に伝える」

ねぇ、私、あなたが思っている以上に面倒で、とてもあなたに似合う女じゃない。それでも、私を見ていてくれるの?

「俺と、結婚してください」

本当に、頑固なのね、あなた。