×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

稲妻が走る

ふー、ふー、と呼吸を乱しながら炭治郎の後ろをついて歩いていく。その呼吸音を聞いて、炭治郎は眉を下げながらこちらに振り返った。

「……大丈夫か? 休憩しようか?」

心配そうにそう尋ねてきた炭治郎に、私はふるふると首を横に振った。肌が焼けつくみたいにひりひりして痛い。熱で体力が奪われていく。しかし、無理言って炭治郎に連れ出してもらったのだ。弱音を吐いてばかりじゃいられない。

「…そうだ、小夜莉。君は禰豆子みたいに、縮んだりできるか?」
「…………」
「おお、よしよし、これなら俺でも抱えて歩けるぞ」

え、と思考が止まりかけたとき、炭治郎は子供ほどに縮んだ私の体を抱えて歩き出した。日傘を落とさないように強く握りしめる。降ろして、と主張するように足をばたつかせていると、炭治郎は「落ち着いて」と私を制した。

「あまり、暴れないでほしい。前の怪我が癒えていないんだ」

炭治郎のその一言に、私はぴたりと動きを止め、大人しく抱えられることとなった。静まった私を確認して、炭治郎は再び歩き出す。禰豆子ちゃんだけでなく、私まで抱えて歩くだなんて、相当な負担じゃなかろうか。そのことに不安になりながら黙り込んでいると、向こうの方から大声が聞こえて、同時に雀がやってきた。

炭治郎は雀の言葉を理解し、頷くと、私を地面に下ろしていく。

「ちょっとここで待ってて。すぐに戻るから!」

そういって私をその場に取り残していった炭治郎は、何やら騒がしくなっている方へと飛んでいった。じりじりと日光に当てられて、意識が朦朧としていく。早く、戻ってきてくれないだろうか。そして出来れば、日陰に行きたい。まさかこんなに辛いとは思わなかった。
好奇心で日の光の下へ指先だけ差し出すと、じゅっという音をたてて、私の指先は真っ黒になっていく。
すっと慌てて日傘の下へと指を戻し、私は自分の手を確認した。それは徐々にもとの姿へと戻っていったが、染み付いたかのように未だにひりひりしている。

「……たんじろ」

もう、待てない。息を乱しながら、ゆっくりと炭治郎の方へと歩み寄っていく。ずるずると服を引きずりながら彼の元へたどり着き、くいくいと力を振り絞って彼の裾を引っ張った。振り返った炭治郎は、私の顔を見るためにしゃがんで顔色を窺う。
すると、炭治郎と話していた人が悲鳴をあげた。

「なんでお前鬼なんて連れてるんだよ!?」
「! この子が鬼だって分かるのか!?」
「分かるよ〜、音がそうだもん、目だってさぁ! 鬼そのものじゃん、ねぇ、口もと隠してたって無駄だからね、痛ぁっ!?」

小煩い彼に黙れと言うかのように、私は彼の腹を殴る。振り切った私を見て、炭治郎は衝撃を受けたように顔面蒼白となった。ふん、と息を吹き出した私に、彼はわなわなと震え出す。

「も───怒った! 怒ったからね俺は!? 女の子だろうが鬼だろうが関係ない! その頚を斬ればお前もおしまいだ! そうだろ炭治郎!?」
「お、俺が斬るのか? いや、俺は斬らないぞ! この子とは訳あって一緒に行動しているんだ」

わたわたと慌てながら炭治郎はそういって、「『ごめんなさい』しなさい」と私に言いつける。そんな彼に『不満』の気持ちを表に出しきると、炭治郎はしょうがないな、と言いながら、私を彼の前につきだした。

「はい、『ごめんなさい』」
「…………」
「あ──!! ぷいってした! 俺の顔見てぷいって! どんな教育してんのまじで!?」
「いや、この子なかなか頑固で……ごめん。この子の名前は、ほら、名前くらい自分で言えるよな?」

彼から顔を背けていると、背後で炭治郎が般若のような顔をしていたので、私は渋々一歩前に出る。それだけで彼は激しく動揺し、形だけでも対抗しようとしたのか刀に手をかけた。

「……碓氷小夜莉」
「……えっ」
「…………」
「声小さ!? えっ、ねぇ心の声はこんなにデカイのに、なんで実際の声はこんなに小さいの!?」
「よく言えたな、偉い!」
「偉くないよ赤ん坊じゃなきゃ誰でもできるよ名乗ることなんて……ひっ、やだこの子怖い!」

ぼそっとなにかを呟いた彼に向かって拳を振り上げてみせると、彼はそれだけでも過敏に反応し、手を眼前で交差させた。やめなさい、と炭治郎に指摘されて、私は拳を下ろし、彼を見上げる。

「……怖くないよ? え、今さら遅いよ。君、自分が何したか分かってる? ……あっ、さっきのは愛情表現!? 俺のこと好きだから!? 痛いっ!?」
「こら、小夜莉! 初対面のひとに暴力はだめだ!」
「顔に似合わずやることはひどいよぉ〜! なんでこんな子連れてるんだよ!」
「いや、それは……この子を、人間に戻すためでもあるんだ」

炭治郎が私と視線を合わせて、彼に答える。それが嘘ではないと分かったのか、彼は「…そうなの?」と小さく問いかけてきた。額に滲んだ汗を拭い、私は彼に名前を問いかける。すると彼は怯えながらも、渋々と言った感じで答えた。

「俺は、我妻善逸」
「あがちゅま、ぜんいちゅ」
「うっ……! 可愛いけど違う! ぜ、ん、い、つー!」
「ぜ、ん、い、……つ〜」

つの発音がうまくできず、善逸に合わせて口を動かす。それを見た善逸は頬を赤らめて、なんとも言えぬ表情をした。炭治郎が微笑ましそうにそれを眺めていると、鎹鴉と呼ばれる鴉が、彼らの行き先を示した。

「行こう、さぁ小夜莉。おいで」

そういって手を差し出してきた炭治郎に、私はぷいっとそっぽを向いた。そんな私に、炭治郎は困ったように首を傾げ、私の手を掴む。しかし、私はそれを阻むようにずずっ、ともとの姿へと体を変化させていく。

それを、善逸は目に穴が開くのではないかというほど見ていた。

「おい、小夜莉」
「……待て、待て待て待て。それがその子の、小夜莉ちゃんの本来の姿か?」
「あ、あぁ。俺たちと同い年くらいみたいで……」
「おまえ! そんな女の子を連れて今日までやって来たのかよ!! 狡い!! 許せねぇ!!」
「え、え〜……」

ぽかぽかと炭治郎の体を殴る善逸の裾を掴み、後ろから羽交い締めにして止めさせる。このままでは、炭治郎の怪我が悪化してしまう。そう思って引き留めたつもりだったが、その行動に善逸はぎょっとして固まってしまった。

「あわ、あわわわ……!」
「小夜莉! 一旦離れよう、このままでは善逸が過呼吸で死んでしまう!」
「? でも、いたい」
「え?」
「たんじろ、いたい。でしょう?」

あわあわと私の腕の中で呼吸困難となっている善逸を他所に、炭治郎にそう訴えると、炭治郎はぴくっと眉を動かして、それから優しい微笑みを溢した。

「大丈夫だよ、俺のことは。気にしなくても」
「あっ、やわ、柔らか、胸っ当たって、」

善逸の言葉を遮り、炭治郎は彼の頬を叩いて見せた。真顔で善逸の胸ぐらを掴むと、「恥をさらすな」とドスの効いた声で善逸を叱りつける。そんな炭治郎の顔に、善逸はすっかり萎縮してしまった。

「ほら、行くぞ小夜莉。出来るだけ善逸には近寄らない方がいい」
「なにその言い草! えっ、いいじゃん仲良くしようよ、改めてよろしくねぇ、小夜莉ちゃんっ」
「…………」
「すごい顔っ、女の子がする顔じゃないよそれ!?」

わめき散らす善逸を置いて、私は炭治郎のあとを追いかけていく。それをみて、善逸も慌てて私たちのあとを追ってきた。
鴉に連れられてやってきたのは、山の中にあったひとつの屋敷であった。その屋敷からは血の匂いがする、と炭治郎はいうが、善逸は何か音がする、と答えた。
不意に人の気配を感じとり、私はそちらに振り返る。そこにいたのは、私たちよりも幼い少年少女であった。くい、と炭治郎の裾を引っ張ってそちらを指差すと、彼は少年たちに近づいていく。
しかし、警戒しているのか後退りした彼らに、炭治郎は雀を見せてあげた。それを見て、安心したのかへたりこんでしまった彼らに、炭治郎は「あの家は君たちの家か?」と問いかける。

「ちがう…ちがう…ばっ…化け物の家だ…」

夜道を歩いていたら、兄が連れていかれたのだと、少年はいう。その一言に、頭痛が走って思わず頭を抱える。脳裏によぎった影に、私は首をかしげた。
炭治郎は必ずお兄さんを助け出すと約束する。だが、善逸は屋敷から聞こえてくる音が気になってしまうようだ。
ポン、と鼓のような音が聞こえたかと思えば、屋敷の2階から男の人が飛び出してきた。その体は宙を舞い、地面に勢いよく叩きつけられる。血が溢れたその瞬間を見てしまい、少女が悲鳴をあげた。
そんな少年少女の前にたって、男の人の無惨な姿を見せないように手を広げる。炭治郎は男のひとに駆け寄って無事を確認しようとしたが、あの様子ではもう助からないかもしれない。そのことに眉間にシワを寄せた。瞬間、屋敷の中から空気が震動するような咆哮が聞こえた。
少年曰く、あの男の人は兄ではないらしい。

「善逸!! 行こう」

炭治郎の言葉に、善逸はぶんぶんと勢いよく首を横に振る。その姿を見て、炭治郎は般若のような顔を見せたあとに、少年少女の元へと寄っていった。禰豆子ちゃんの箱を彼らの元へおいてきた炭治郎は、私の手を引いて屋敷へと向かっていった。

「小夜莉は中にいる方がいいだろう。日陰だしな。入り口で待っていてくれ」
「…………!」
「えっ? 一緒に来てくれるのか?」

先程の善逸のように首を横に振った私に、炭治郎は驚いたように目を丸くする。しばしの間悩んだ後に、彼はしょうがないと頷いて私の肩に手を置く。

「小夜莉、危なくなったら、自分の身を守るんだぞ」

炭治郎の言葉にこくりと頷いて答える。後ろで怯えている善逸を引っ張って、私たちは奥へと進むことにした。しかし、なにを思ったのか少年少女は屋敷へと入ってきてしまう。
聞けば、禰豆子ちゃんの箱からカリカリと音がして怖かったから、といった。だからといって人のものを置いてきてしまってはいけないだろう。と眉を下げていると、嫌な音が辺りに響き渡る。
その音に吃驚した善逸が、お尻で少女を炭治郎の方へと突き飛ばしてしまう。鼓の音がなり、部屋がポン、ポン、と変わっていく。
炭治郎たちとはぐれてしまった。辺りに彼らの気配も感じられない。

「てる子!! てる子!!」
「だめだめだめ大声出したらだめ! ちょっと出よう外に」

善逸の言葉に、少年は信じられないと言いたげな視線を向けて、彼を糾弾していく。善逸の相手をしていたって仕方ない。彼はずっと怯えているのだ、むしろ少年の方が胆が座っている。

「なまえ」
「え……?」
「わたし、小夜莉。こっち、ぜんいちゅ」
「善逸!!」
「…正一…」
「しょういちくん、いいこ、つよいこ」

よしよしと頭を撫でると、正一くんはぼろ、と大粒の涙を流した。その涙を拭ってあげていると、善逸は私と正一くんの腕を引っ張って、戸を開く。しかしそこは入り口ではなく、別の部屋へと通じていた。
善逸は慌てながら別の戸を開くと、そこには猪の頭を被った人間が立っていた。

prev next