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灯る太陽

「たいりついはん、なに?」

こてんと首をかしげながら、善逸に問いかけると、彼は丁寧に説明してくれた。どうやら鬼殺隊には隊律違反というものが存在するらしく、それを破ってしまえば鬼殺隊を辞めなければならないのだとか。
こうして、炭治郎と猪頭が争うことも、隊律違反に含まれるらしいのだが、猪頭はそれを気にする様子もなく、炭治郎に殴りかかっている。
その猛撃を止めるべく、炭治郎は頭突きを食らわせる。なってはいけない音が、聞こえたような気がした。すると、ずるりと猪頭が外れ、そこにたっていたのは美少女のような顔立ちをした少年であった。

「えっ、女……えっ!?」
「なんだよ……俺の顔に文句でもあんのか」
「…………」
「君の顔に文句はない!」

こぢんまりとしていて、色白でいいんじゃないかと言った炭治郎に、喧嘩を売っているのかと怒鳴り声をあげる猪頭の少年。彼は血管を浮かばせながら自分の名を名乗った。彼は、嘴平伊之助というらしい。
ぴたりと動きを止めた彼を訝しげに見つめていると、彼は白目を向いて倒れてしまう。おそらく、脳震盪であろう。
とりあえず、彼を治療しなくては、と駆け寄って、血鬼術を使う。それをまじまじと見ていた炭治郎は不思議そうな顔をして問いかけてきた。

「それが、君の血鬼術か?」
「……」
「そうか。人の傷を癒すだなんて、不思議な能力だな」

異能の鬼ならば、珠世さんや愈史郎のように惑わしたり、攻撃的だったりするだろうに、君はそうじゃないんだな。
優しく微笑んだ炭治郎の顔を見て、心がぽかぽかしていくのを感じる。まるでお日様の光を浴びているかのように、眩しい。

「大丈夫だったか? 突然外に放り出されたみたいだから、太陽の光に当たったんじゃないか?」
「だい、じょぶ」
「……それなら、いいんだけど。痛かったろう、やっぱり」

伊之助に斬られた腕に触れた炭治郎に、私は首を横に振るった。もう、痛みはない。治ったから。鬼だから。平気だ、この程度。伊之助だって、悪気があってやったのではない。むしろ鬼を倒そうとしたのだから、悪いことなんてない。誰のせいでも、ない。

「……そう、そうだな。でも、俺は……」

鬼だから、という理由で、君が傷つくのは見たくない。

顔をうつむかせながら、そう返事をした炭治郎に、私は目を丸くする。どうして、そんな顔をするの。私が鬼だから? 私がどんな思いであなたについてきたかなんて、知らないはずなのに。

(私は、私は……)

───人間に戻るために。あなたについてきたのだ。
誰かと、そんな約束をした気がするから。あれは、誰だったか、とても心地よくて、優しい声で、私の名前を呼ぶんだ。でも思い出そうとすると、それは濃い霧に包まれるように消えていってしまうんだ。

それが、あなたにとてもよく似ていた気がするんだよ、炭治郎。

「埋葬しよう。屋敷の中で亡くなった人のためにも」

伊之助の頭には炭治郎の羽織を枕に、そして善逸の羽織をかけて、埋葬を始めた。多くの人たちが、この中で亡くなったようだ。血肉の匂いに、思わず顔をしかめてしまう。そんな私を見て、善逸が手拭いを私の口元へとやった。

「大丈夫? すごい嫌そうな音だったから……無理しないでいいよ」
「ん……」
「……なぁ炭治郎。この子何なんだ? 鬼らしくない……って言い方、おかしいんだけどさ」
「それが……俺にもよくわからなくて」
「ええっ!? よく分からない対象をつれ回してたのかよ!? まぁ害がないと分かれば可愛いだけなんだけどっ」
「このとおり、幼子のような言葉しか話せないし、でも会話するのに問題ないから……」

俺には匂いで分かるから、と鼻を指差した炭治郎に、善逸も「俺も音で大体わかるけど」と眉を下げながら耳に触れる。二人とも、独特な個性を持っているようだ。そのおかげで、私との対話に大きな損害はないのだと思われる。普通の人ならば、難しいのだろう。

「でもほら、襲わない保証とか……ないわけだろ?」
「小夜莉は血肉を好まない。現にこうして嫌そうな顔をしているだろう?」
「だとしてもさ、鬼だったら嫌でも喰らわないと生きていけないはず……」
「……そこまで言うなら、ほら」

すい、と私の目の前に傷口を突き出した炭治郎。むわ、とやってきた血の匂いに、私は怪訝そうな表情を浮かべてから、逃げるように善逸の背中に隠れた。驚き、よろめいた善逸が、信じられないと言いたげな顔で私を見る。

「こんなことしなくたって、善逸には分かってたんだろ。だから小夜莉を庇ってくれた」
「そりゃ……目の前で、腹刺されても人を襲わないところみたらな……」
「は? 刺された?」

善逸の一言に、炭治郎は驚いたように目を見開いて、私を凝視する。その視線から逃れるように、私はぎゅっと善逸の服の裾を握りしめて縮こまった。

「だから血がついていたのかっ、てっきり返り血なのかと思っていたのに……!」
「それもそれで怖いだろ。あ、でもなんか薬みたいので治してたぞ」

すべてを明かしてしまう善逸に、焦りが募っていく。なにも知らないから善逸はここまで話せてしまうのだろう。しかし、炭治郎は珠世さんから頂いた薬に限りがあること。それから──その薬には私に負荷がかかることを知っている。
一周回って呆れてしまったのか、炭治郎は深い深いため息をついた。おどろおどろしい声色で、私の名前を呼ぶ。

「いいか、今後俺から、離れるんじゃないぞ」

事情を知っている人間が一人いるのといないのとじゃ、状況がかなり変わってくる。怒りが孕んだような声に、私が小さく頷いていると、善逸が訳が分からないけど、と私たちの間に割り込んできた。

「あんま怒らないであげて! 小夜莉ちゃんのおかげで俺と正一くんは助かったから、命の恩人だから!!」
「……? 小夜莉が?」
「……っ!」

善逸の言葉に、炭治郎が首をかしげる。そんな彼に、私は善逸の背後で困ったように、首をぶんぶんと大きく横に振るった。私に鬼を倒す術はないのだと知っている炭治郎との間に、沈黙が流れる。やがて理解したのか、「そうか」と頷いた彼に、善逸はほっとしたように息を吐いた。
善逸には鬼を倒した記憶がないようだし、あまり変なことを言って混乱させたって仕方がない。強かった、善逸は。本人が知らずとも、その事実は、周囲が認知していれば良いのだ。
全員の体を外へと運び、助けた正一くんの兄たちと共に埋葬していく。それを木陰で見守っていると、伊之助が起き上がったようで、善逸を追いかけ回していた。その光景を眺めながら、禰豆子ちゃんの入っている箱へと寄りかかる。ずず、と体を縮めていき、幼子の状態となった私は、眠りについた。

 *

(やっぱり、体に負荷がかかっていたんだな)

腹を突き刺され、腕を切り落とされるまでされたのだから、仕方がないと言えばそこまでなのだが。伊之助にだって悪気があったわけではないし、強く言えないな、とため息をつく。俺は禰豆子の箱を背負っているわけだし、と善逸が小夜莉を運ぶと名乗り出てくれた。くれぐれも、日の光には当てないようにと注意して、俺たちは鴉に連れられて藤の花の家紋の家へとやってきた。
家のお婆さんは医者まで呼んでくれて、どうやら俺たちはそれぞれ数本肋を折っていたらしい。

「んん……」
「! 小夜莉、起きたのか」
「小夜莉ちゃん大丈夫っ? 揺さぶっても起きてくれないから心配だったんだよっ」

寝床についたところで、小夜莉が呻き声をあげながら起き上がった。ぼんやりした様子で部屋を眺めている彼女に、善逸はすたたたっと駆け寄っていった。最初はあんなに怯え、怒鳴り声さえあげていたというのに、いまではこんな感じでデレデレとしている。どうやら『小夜莉が善逸の命を救った』という偽の情報が彼をここまで彼女に心酔させているらしい。

「だい、じょぶ、だよ」
「そっかぁ大丈夫かぁ。それならよかった! ってうわっうわっえっ? 出てこようとしてる!!」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫なの!? ねぇ!?」

カタカタと揺れた箱を見て、善逸は大声をあげる。キィィと開かれた箱に、善逸は小夜莉を連れて逃げるように襖を開けて入り込もうとしていた。しかし、その箱の中から現れた禰豆子の姿を見て、拍子抜けしたように声を漏らす。
小さな子の姿からもとの姿へと戻っていく禰豆子に、善逸はものすごく低い声で俺の名前を呼んだ。

「お前…………いいご身分だな………!!!」
「えっ?」
「こんな可愛い女の子連れてたのか…小夜莉ちゃんも連れて…毎日うきうきうきうき旅してたんだな…俺の流した血を返せよ!!!」

鬼殺隊を舐めるな!!! と声を荒らげて刀を抜いた善逸に事情を説明するまで、夜明けまでかかってしまった。

「ごめんねぇ小夜莉ちゃん! 怖い思いさせちゃったねぇ!? だから炭治郎から離れて! 俺のところへおいでっ」

刀を振り回す善逸がよほど怖かったのだろう。困り顔で眉を下げている小夜莉は、俺の着物の裾を掴んで善逸から遠ざかるように背後に回っていた。子供の姿からなかなかもとの姿へ戻ろうとしないが、これも珠世さんの薬の影響なのだろうか。

「大丈夫だ。善逸は怖くないぞ」
「そう! 炭治郎からももっと言ってあげて!? 小夜莉ちゃんに嫌われるなんて悲しくて生きていけない!!」

なんて大袈裟な話なのだろうか。おんおんと泣きわめく善逸の姿に眉をひそめながら、小夜莉と視線を合わせて教えてあげる。昨日の話、善逸は小夜莉を命の恩人だと言っているが、実際は小夜莉を善逸が救ったのだろう。なぜなら、あの中で鬼を倒せるのは善逸しかいなかったのだから。

「許してあげてくれ、善逸も、怖がらせたかったわけじゃない……と思う」

俺の言葉に、小夜莉は視線を善逸へと向けると、ととと、と善逸の元へとかけよって、腰を下ろした。顔をあげて、と言いたげに善逸の頬を両手ですくいあげて、顔を合わせる。

「ぜんいちゅ、なかないで」
「ぜんいつね!? ありがとう小夜莉ちゃあん!」

泣きながら小夜莉にしがみついた善逸に、「なぜそんな恥をさらすのだろう」とおもいながら、俺はほっと安心したように息をつき、小夜莉の頭を撫でた。そんな俺に顔をあげた彼女は、じっと俺の顔を見つめたあとに、ふと、目元を緩ませる。
口元は見えないが、それが何だか笑っているように見えて、心に熱がこもったかのように暖かくなった気がした。

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