STEP.6

どうして俺の周りに友人と呼べる存在がいないのか。
よくよく思い返してみれば、はじめからひとりだったわけではなかったことに気づく。
それがいつだったか、消えてしまった。いや、俺が拒絶したと言ったほうが語弊がないだろう。
今の俺が求めて仕方がないものを、昔の俺は簡単に手放した。なんて皮肉なんだろうか。

でも、どうして。俺はどうして手放したんだ。なぜ拒絶した…?
確か、昔は今のように卑屈ではなかった。消極的でもなかった。

『シノ!』

そして隣には大事な…親友といってもいいほどの存在がいたはずで―…


「……朝か…」


何度か瞬きをしてひとり呟く。寝起きのせいか声がかすれていた。
なにやら夢を見ていた気がするが何の夢だったのか。手で目を覆うもまったく思い出せない。おそらくそれほど内容のある夢ではなかったのだろうと早々に諦めることにした。

いまだ見慣れない部屋の内装。
俺が慣れるのが早いのか、それともこの部屋での生活が終わるのが早いのか。
どちらにせよ一週間したら自室だ。まあ戻ったところでまた一週間は柴崎との共同生活をすることに変わりはないのだが。

やはり寝具がいいと疲れの取れ方が格段に違う。体が軽い。
それに昨日よりも気分がいい。きっとそれは寝具のおかげだけではないのだろうとまだ静かな寝室のドアに目を向け、俺は身支度を始めたのだった。


キッチンに向かえば、俺が昨日使った食器の横にもう一セット食器が洗われた状態で並べられていた。洗った人物は考えるまでもない。


(…全部食べたんだろうか…)


昨日は時間がなかったせいで簡単なものしか用意できなかったが、朝食に関して特に文句はなかった。つまり好き嫌いはないということか…?

互いのことをよく知らない上での共同生活はなかなか気を遣うものなのだと思い知る。
冷蔵庫のなかを見渡すも、俺が買い足したものしか見当たらなかった。これでは好みなんて把握できそうもないと、俺は諦めておとなしく朝食作りにとりかかった。

腹が減らなければなんでもいい、オーブンとフライパンを使うだけの適当な朝食だ。昨日と特に変わりはない。男の料理ってこれくらいのものだろうと俺はすでに開き直っていた。
そしてテーブルに二人分の皿が並ぶ。その皿を見つめたところで昨日の柴崎の言葉を思い出した。

『明日からは朝起こせよ』

そうだ、柴崎を起こさなくては。
しかし、とここで立ちはだかる問題に視線を下に落とす。起こすのはいいが、いつ起こせばいいのか。
食べ慣れた自分の味の朝食を口に運びながら寝室のドアを見つめた。

きっと俺に合わせれば早すぎる。柴崎には朝の時間を使って仕事をする習慣がないのだから、早起きしたところで暇を持て余すに決まっている。
それに俺と顔をつきあわせてテーブルを囲むなんてことはお断わりだろう。俺も朝からのいざこざは遠慮したい。

壁にかけられた時計を見る。
朝の仕事に遅れるわけにはいかない。峰にまたいらぬ心配をさせてしまう。


「…俺が部屋を出る前でいいか」


互いの利益を考えればわりとあっさり結論が出た。
昨日と同じように柴崎の分の皿にラップをかけて、自分が使った食器を洗いながら考える。
さくっと起こして生徒会室に行こう。


(さくっと…さくっと…)


そう思えば思うほど難しいことに思えた。怖いのではなく、不慣れなせいだ。経験が少ないというのは何事であっても不安を煽る。
あしらうのには慣れたが、よく考えてみればこちらから柴崎に何かしてやるのはほぼ初めてのことだった。向こうは何度もきっかけをくれたというのに。
つまりいい加減俺のほうから歩み寄るべきなのだ。

仕事のことを挟まずプライベートな会話が成立する想像もできなかったが、今のところ共同生活はうまくいっている。うまくいっているという基準が口論をしないレベルなら、これは上出来なのではないだろうか。
水に流れていく食器用洗剤の泡を見送り皿を洗い終えた俺は、とうとうやることはひとつになってしまったとため息をついた。


向かうは柴崎の寝室。ドアの前に立ち、深呼吸をした。
ノックをするも反応はない。
ということは入るしかない、そう決意してドアノブの手を伸ばしドアを開いた。

まず目に入ったのは、ベッドの上の布団のふくらみ。人がふたり寝転がってもまだ余裕があるように見えるベッドを大胆に使って柴崎は寝ていた。
微かに寝息が聞こえる。


「柴崎…?」


近寄って様子をうかがうと、柴崎は起こすのがためらわれるほど幸せそうに眠っていた。
きつい印象を与える目は閉じられて、まだ髪がセットされていないせいか別人のように見える。眉間の皺が隠れていることもそう見える要因のひとつかもしれない。

まじまじと眺めていたことにはっとして体を引く。うっかりその金髪に手を伸ばそうとしていて驚いた。昼寝中の猛獣のような姿はそれほどまでに新鮮で、相手があの柴崎だということを忘れかけていた。


(これを起こす?どうやって?)


とりあえず窓辺に歩みを進め、勢いよくカーテンを開けた。差し込む朝日が眩しい。
俺がそれに目を細めたのとほぼ同時にベッドの柴崎が身じろいだ。目を閉じていても眩しいのだろう、小さく唸り声をあげている。


「う、ん…」
「柴崎」
「あ…?」


この男、あまり寝起きがよくないな。
名前を呼ぶもまだ半分夢の中という様子だ。
ベッドヘッドに近づき見下ろすと、俺の影で光が遮断されたのか柴崎がうっすらと瞼を開く。


「おはよう、柴崎」


さあ朝だ。柴崎が不機嫌そうにその眉を寄せたのを見ながら、俺は小さく笑った。
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