STEP.5

昼休みになり、俺と峰は仕事の話をしていたこともあって流れで食堂に行くことになった。
友人と呼べるほどの友人がいない俺だが、生徒会に入ってからはこうして役員の誰かしらに誘われ一緒に昼食をとっている。特に峰とはその回数も多い。
きっと気を遣わせてしまっているのだと思う。わかった上でその優しさに甘えている俺は、やはり完璧でも優秀でもないのだと、そう痛感しながら峰の背中を追った。


ざわつく食堂内をいつもの場所を目指して進む。一般生徒たちが使うフロアと生徒会と風紀委員会のためだけのフロアは階段を挟んで区別されているのだが、簡単に言えば一般生徒が一階で生徒会と風紀委員会が二階といったところだ。
食べているときもジロジロ見られるのは勘弁してもらいたい俺としては、この区別は非常にありがたいことだった。

テーブルについて電子パネルでメニューを選択。入学当初は慣れなかったこのシステムにももう苦戦することはなくなったのだから、俺も大概この学園に染まったものだ。
注文した料理を待ちながら小さくあくびをしていると、正面に座っていた峰が心配そうにこちらを窺う。


「…寝不足ですか?」
「ああいや……」


峰はとても心配性だ。よく気がつくしよく気も配れる。正直に寝不足だと打ち明けた日には、柴崎と同室なのが原因ですかなどと言い出すことは目に見えていた。

寝不足なのは確かだ。他人の部屋での共同生活は、ひとりの生活に慣れていた身ではなかなか落ち着けない。しかも、その同居人との仲もいいものとは決して言えないからなおさら心労は増す。

共同生活は始まったばかりだというのに情けない…
適当な理由で峰を納得させながら、どうしたものかと頭を悩ませているとどこからか視線を感じた。だが辺りを見回しても特にそれらしき人物はいない。
気のせいだったかと食事を再開すると、また視線の気配。
このフロアには生徒会役員と風紀委員しかいないのだから、かなり絞られるはずだが…

何の気なしに顔を上げれば、そう遠くないテーブルにいた柴崎と目が合う。その瞬間、ギンと眉を釣り上げたかと思えば全力で睨まれた。どうやら視線の犯人は柴崎だったようだ。
バレた途端に開き直るとは柴崎らしい。視線の意味はわかりかねるが、相当俺が気に入らないのだろう。あまりにも直球すぎてむしろ爽快なくらいだと口元を緩め、タイミングよく運ばれてきた料理に手をつけた。


その後、午後の授業も滞りなく終わり、生徒会室での仕事もひと段落ついて、俺が学校をあとにしたのは時計の短針が9を指す頃だった。


「お前いつもこんなに遅ぇのかよ」


事前に柴崎から渡されていたスペアキーで部屋に入る。すると、間も無く部屋の主の声が飛んできた。
待ちくたびれたと言って、ソファに座っていた柴崎がだるそうにこちらを見やる。

生徒会役員や風紀委員は仕事の量も他の委員とは比にならないこともあり、特別に夜間の居残りも許されている。それに加えて、どちらにも仮眠室とシャワー室が与えられているためそのまま夜を明かすことも可能だ。
そういうわけで俺も特権を有意義に使わせてもらって仕事を片付けている。その日の仕事はその日のうちにとを考えていたら気づけば夜になっていた、なんてことはざらにある。今日がそうだ。


俺としては先に寝てもらって構わないのだが…
そう思うものの一言謝れば、柴崎は立ち上がって寝室のドアへと足を進めた。どうやらもう寝るらしい。不良風紀委員長などと称されているが、実に健康的な睡眠サイクルだと感心した。


「寝る」
「ああ、おやすみ」
「ん。あ、そうだ。明日からは朝起こせよ」
「わかった」
「…あー…それとな、あれ」


一度ドアノブに伸ばされた手が、それを掴むことなく別の方向に向く。
躊躇いがちに指さされたのは、柴崎がさっきまで座っていたソファ。の上に置かれた布団と枕。


「使えよ、さすがにあの薄いのじゃ体壊すぞ」


これを伝えるためにお前を待っていたのに戻るのが遅いんだと矢継ぎ早に言われ、俺は反射的に謝罪を口にする。
しかし、あまりにも予想外すぎて次の言葉が出てこない。そんな俺を察してか、柴崎はばつが悪そうに口を開いた。


「……朝飯作ってもらった礼だ」
「…え、あ…食べた、のか?」
「なんだよ、あれ俺の分じゃなかったのか?」
「いやお前の分、だが…」


お前に嫌われているのは知っているし、そんなやつの作った料理なんて。と言っていいものかどうか…


「お前俺をなんだと思ってんだよ。確かにお前のことは気に入らねぇし共同生活とか正直めんどくせぇけど、それと礼は別だ」
「…柴崎…」
「それにな、お前今日眠そうだっただろ。お前が寝不足でミスしたりするのはいっこうに構わねぇっつーかむしろざまーみろってもんだが、てめーんとこの副にまたいちゃもんつけられたら面倒だからな」


昼のあの視線はそういう意味だったのか、と納得すると同時に首を傾げる。
峰にいちゃもんをつけられるとは一体…?前に何かあったかのような口ぶりだし、今朝生徒会室に来たときも…もしかしてふたりは仲が悪いのだろうか。

あんなに人当たりのいい峰に嫌われるとは柴崎も哀れな男だ。
哀れみの目で見ていたことに気づいたのかはわからないが、言いたいことはこれですべてだと吐き捨てて、柴崎はドアの向こうに姿を消した。


柴崎を見送って数十分後、寝支度を整えた俺は寝床のソファに体を沈める。
やはり布団と枕があるとかなり違うなと、柴崎が置いていったそれらに幸福感を感じながら俺の意識は落ちていった。

昨日言えなかったおはようを、今度こそ。
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