ぴり、そんな軽い刺激が何度か続いた。鎖骨に首筋…皮膚の薄いところばかりを狙うそれに眉をしかめる。
(蚊にでも刺されたか…)
待てよ、夏でもないのに蚊…?
だんだんはっきりしてくる頭。
うなじでその刺激を感じたとき、蚊とは違う、柔らかな感触がした。
ふっと意識が浮上する。まぶたを開けば、俺を覆う影が遠のいた。
「あ、起きた?」
「……は…?なに…」
「いやせめるくんが起きたらやめようと思ってたんだけど、案外起きないから」
あまり頭が働かないが、確かにうけるの声だ。
言われたことをぼんやりと聞いて、まだ光になれない目でその顔を見上げていた。
「せめるくん…?まだ眠い?」
自分のではない指が首筋を撫でる。その冷たさに、そういえば…と起こされた原因を思い出して勢いよく身を起こした。
第二ボタンまで開いた制服のシャツ、それを留めたら見えなくなるかどうかのギリギリの場所に、数カ所赤い跡があった。
一時停止した思考。顔をあげてうけるを睨む。
「っおまえ…!!」
「あ、こっち側にもつけちゃった」
「なっ…つけちゃった、じゃねーよ!」
ちょっとした出来心で。そんなことを悪びれもせず言ってのけるうける。
こっち側、と指さされた方はうなじだったために確認はできなかったものの、寝ている間に何かが触れたのは確かだ。言葉通り、おそらくここにもつけられているのだろう。
首を守るように手を当てて、じりじりと距離をとる。そんな俺を横目に、うけるは伸びをしながら口を開いた。
「俺ん家好きなのはわかるけど、ちょっとは俺の相手もしてよね」
う、と言葉につまる。
そうなのだ。こいつの家のこたつが解禁されて以来、入り浸ってしまっている自覚はある。
何をするわけでもなくこたつに入って昼寝して帰るだけなのだが…
視界に入った時計を見て、寝入ってからすでに二時間経っていたことに驚いた。
「なに、すればいいんだよ…つーかこれどうすんだ…」
ほったらかして寝ていたのは悪かったが、もっと普通の起こし方はなかったのか。
シャツを浮かせればのぞく赤。自分がやましいことをしたわけではないのに、顔が勝手に熱を持ち始める。
「せめるくんってほんと…」
「…なんだよ」
独り言のようにこぼされた言葉にそちらを向けば、なにやら思案顔のうける。
「いや…うーん、なんというか、」
「はっきり言え」
「キスもそうだけど…意外と慣れてないよね、こういうこと」
苦笑いのうけるが、俺の首を指さす。
おまえが慣れすぎなんだと言えば、そんなに難しいことじゃないよと笑い返された。
「俺も感覚でやってるだけだからよく知らないけど…」
言葉の途中で、ちゅう、と喉元に吸い付かれた。
肌をくすぐる髪の感触と、夢うつつで感じたあの刺激。
「こんな感じで」
そうなんでもないように言い放って顔を離したうける。
一瞬にして頭が真っ白になった。
「せめるくん?」
「っえ、は…?はあ!?」
平然と俺の名を呼ぶうける。俺はというと、またひとつ増えた赤い印に眩暈をおぼえていた。
(…こいつ俺をなんだと思ってんだ…)
こっちがおとなしくしてたら調子に乗りやがって…
ぐい、とその胸ぐらを掴めば、俺の行動を予測していなかったのであろうその顔が驚愕に染まる。
うけるは降参するかのように両手をあげたが、もう遅いのだと鼻で笑ってやった。
「好き放題やりやがって」
「えっと、…これは…?」
「……仕返しだバカ」
掴んだシャツを力任せに引き寄せてその首に唇を寄せた。加減もわからずに吸う。
軽く身じろいだその体に我に返って、口を離した。勢いでやってしまったものの、これは…なんというか、かなり、恥ずかしい。かもしれない。
赤く色づいたそこ。なんだかとんでもないことをしてしまったような気になって、目をそらした。
「……あー…だめだな…」
「んだよ、なんか文句、…ッ」
頭上からの不満げな声に顔をあげれば、あまりにも近いその距離に言葉を失った。
シャツを掴んでいた手から力が抜ける。
「そんなつもりなかったんだけど…」
するりと頬を触った指が、そのまま耳をくすぐる。
ちゅっという小さい音がして、やっと何をされたのかを理解した。唇に当てられた、それーー…
「…やっぱりされるならこっちがいいや」
最後に唇をぺろりと舐めてから離れていった顔が、悪戯っ子ように笑う。甘く細められた目に、瞬きをすることすら忘れていた。
ほんの一瞬の出来事だった。
そのたった一瞬のことにこんなにも乱されて、やり返してやったはずなのに、結局また一発食らわされたのは俺の方だった。
「は……いみ、わかんね…」
「え?いやだからこっち…」
「そ、れはもういい…!!」
再び近づいてきた顔を慌てて押しのける。その後、軽い攻防を経て結局テレビを見ることで落ち着いたが―…
「寝てもいいよ?」
「……何されるかわかんねーし嫌だ」
「ぶっ」
さっきの今で寝られるわけがない。
おかしそうに吹き出したうけるにムカついて、こたつの中でその足を押しやる。テレビのリモコンを奪いとって画面にだけ集中した。
横でいまだに肩を揺らして笑い続けている男はもう無視だ、無視。
こんな一件があってからというもの、こたつだからと手放しで喜べなくなって、寝てしまわないように気を張らないといけなくなったのだった。
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(あれ…怒ってる?)
(…寝てるときに勝手に触んな)
(起きてるときならいいんだ…)
(っいやそういうわけじゃ)