「「…はぁ…」」


白い部屋にこうして閉じ込められるのはもう三回目だ。俺とうけるは顔を見合わせて、ため息を漏らす。
前回同様、脱出用の指示はなかった。


異変は突然だった。
バチン、という何かが切れるような音とともに、部屋が暗闇に包まれる。視界は真っ暗になった。


<<システムにエラーが発生しました。ただちに復旧作業に入ります>>


「…エラーかよ、ふざけんな」
「まあまあ、しばらくしたら戻るでしょ」


そう言うと、うけるは歩き出した。間もなく、ずるずるという音がして、おそらく壁伝いに座ったのだろうと理解する。
窓さえないこの部屋では時間が経とうと何も見えず、音でしか判断がつかなかった。


(……待てよ、確か…)


「っおい、うける…大丈夫か…?」
「なにが、…」
「なにがじゃねーよ!」


うけるはこういう暗くて閉め切った場所が苦手だった。状況が悪ければ呼吸もうまくできなくなるくらい不安定になってしまう。

いるであろう方向に手を伸ばす。さっきまですぐ近くにいたのだから、この辺りに…と足を動かした。


「…どこだ、うける」
「…っは、…こっち、来て」


声がする方へ一歩一歩進む。浅い呼吸音が聞こえた。


「……手、伸ばせ」


返答もなく下から伸ばされた手。絡ませた指は、微かに震えていた。
俺の存在を確認するように手を握られる。その手を軽く握り返して、俺はうけるの正面に腰をおろした。


「…しばらくしたら元に戻る、一人じゃねーんだから大丈夫だ」


ん、と小さく頷いた声に、ひとまず安心した。しかし、その顔色がわからないことをもどかしく感じる。


(…見えねぇって、不便だ)


こうすることでしか安心させられない。握ったままの手に力をこめた。
その手がゆるりと解かれたかと思うと、うけるの手が指先から腕を伝って、背中にまわる。そして、そのまま引き寄せられた。


「……おまえ、大丈夫かよ…」
「…やっぱり優しいね、せめるくんは」
「っ茶化すな、俺は―…」
「わかってるよ…」


ぎゅう、とひときわ強く抱きしめられる。肩に置かれた頭、その柔らかな髪が首筋を撫でた。
人が近くにいれば安心するのだろうか。そう考えると、押し退けることはできなかった。


「あーあ、かっこ悪いとこ見せちゃったな」
「…今更だろ」
「はは、確かにね」


ゆっくり離される体。落ち着いてきたらしく、うけるは普通に喋れるようになっていた。
背中にあった手が動く。首、顎、と順に肌をたどる指に、びくりと肩が揺れた。見えないのだから仕方がないと頭ではわかっている。それでも、心臓に悪いその指の動きに耐えるしかなかった。


「…あー…せめるくんだ」


ついに口元までたどりついた指が、確かめるように唇を軽く押す。そうやって薄く開かれたそこから、俺は短く息を吐き出した。見えない、けど―…


(…近い…)


「ね、喋ってよ」
「……なんか嫌だ…指離せ」
「えー…だめ?せめるくんの声、安心するから…お願い」


だめ、というか…そうやって触られたままだと思い出してしまう。

『ちゅーしてるとき、せめるくんの唇が気持ちよくて止めらんなかった、ごめんね』

ごめんね、じゃねーっての。
じわじわと熱をもち始める顔に気づかれたくはなかった。


「…じゃあキスしてもいい?」
「ッなんでそうなる…」
「キスもだめ?」


こいつは、無理にはしようとしない。どうあっても俺の返事を求めようとする。これまでだって一応俺の同意の上でだった。
しかし、頷いてしまうと拒む理由がない、それが困る。
俺が答えあぐねている間も、指先が唇をなぞって動いていた。


「顔が見えないんだから答えてくれないとわからないよ」
「……するなら、はやくっん、」


近づいていることすらわからない暗闇のなかで口を塞がれた。言葉を紡ぎかけたそこに、割って入り込んでくる舌。


「っふ、…ァ、ッ」


目を開いていても何も見えないせいで、たまに耳や首筋に触れる指に過剰に反応してしまう。
以前のたった一回のそれで何もかも把握されてしまったかのように、俺の弱いところばかりを攻めたてていくうける。


「…っもっと声聞かせて…」


吐息まじりのそれに、ぞく、と背が震えた。先ほどまであんなに弱っていたはずの男よりも、今はこちらの方がいっぱいいっぱいになっている。それくらいにうけるのキスはうまくて、それだけに悔しかった。
一瞬だけ離れていた唇は、すかさず後頭部にまわされた手ごと引き寄せられて、再び合わさった。体ごとうけるの方に倒れこむ。さっきよりも深く、さっきよりも奥まで入ってくる熱い舌に、逃げかけた俺の舌が捕まる。


「んっん、…ぁ…は、ンンッ」


頭がぼぅっとして、いつしか声を殺すことを忘れていた。長いこと唇を合わせすぎて、飲みきれなかった唾液が首を伝う。


(…触りてぇな…)


ふわふわとした意識のなか、俺はゆっくりとうけるに手を伸ばしていた。



始まりが突然だっただけに、終わりも突然だった。
随分前に聞いたようなバチンという音。それにハッとすれば、視界は明るさを取り戻していた。どうやら復旧作業が終わったようだ。


そんなことよりも、今は別のことで頭がいっぱいだった。
すぐ目の前にうけるの顔がある。さらに言うと、まだ唇が触れ合ったままだった。ゆっくりとうけるが目を細める。
一気に気恥ずかしくなって、伸ばしかけていた手でバッとその体を押し返した。壁で頭を打ったうけるが小さくうめく。


<<一時的にシステムが復旧しました。精密検査に入りますので、速やかに退室してください>>


気まずい空気を断ち切った機械音声。それを聞いて俺は無言で立ち上がった。


「え、ちょっとせめるくんどうしたの」
「聞こえなかったのかよ、部屋から出ろって言われただろ」
「いやそうじゃなくて…って、あ、待ってよ」


真っ赤に染まりそうな顔を見られるわけにはいかないと、うけるに背をむけて我先にと出口へ足を動かした。

俺を追う足音に追いつかれる前になんとかしなくては。そんなことを夢中で考えていた俺は、うけるがどんな顔をしていたのかなんて知る由もなかったのだった。


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(せめるくんもっと気をつけてね)
(はぁ…?)
(相手が弱ってても油断はだめだよ)
(おまえからしてきたくせによく言う)


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