コンビニラブなんてあるわけない

「肉まんひとつ。あとは…笑顔ひとつ、くれ」
「はぁ…?」


なんだこの客は。失礼だとは思うが、開いた口がふさがらなかった。

コンビニバイト歴二年。そこそこのベテランだと自負している。
主に俺のシフトは深夜帯だ。今日も客少ねーな、大丈夫かよこの店。と思いながらレジに立って店内を見回す。客はゼロだ。まあ勤め始めた頃から客数の心配はしてきたが、いまだに潰れない様子からして大丈夫は大丈夫なのだろう。

今日俺がレジでしたことと言えば、酔っ払いを追い払うことと、仕事上がりのキャバ嬢にタバコを売ったこと、それくらいだった。過去形なのは、今まさに新しい客が来たからで。しかもその客が…いや肉まんはいいとしても、


(笑顔くれ、ってなんだ……マッ〇じゃないんだぞここは)


肉まんを袋に入れながら、厄介な客が来たもんだと眉を寄せる。しかしそれも顔を上げる頃には元に戻して、客に向き直った。


一目見ただけでも記憶に残る、強烈な印象の男だった。サラリーマンか何かなのか、スーツを着ている。はっきりとした顔立ちの美形だが、どこまでも無表情だった。背は俺よりも高い。俺だって低い方ではないのだが、男は俺よりも一回りほど高く、さらにスーツの上からでもわかるほどいい体をしていた。こんな店に来るような人間じゃない、そう思ってしまうくらいコンビニが似合わない。


袋を渡そうとするとまた抑揚のない声で、笑顔を、と言われたのだから、ぷちっときてしまっても仕方ないだろう。俺は短気なんだ。


「…スマイル0円じゃありませんけど、それでもよろしければ」


これで引きさがってくれ。スマイルを買いたいならマッ〇に行けマッ〇に。
そんで愛想の悪い俺なんかに頼まず、可愛い女性店員に頼めばいい。きっととびきりの笑顔をくれるはずだ。


「……いくら払えばいい」
「え、」
「いくら払えば笑うんだ」


(まずい…これ絶対やばい人だ…)


「ええと、お客様、あの、」
「100万でいいか」
「はっ?…ひゃくま…?ひゃくまん!?」
「……なんだ、足りないか」


なかなか強情だな、と無表情なその顔で困ったような口をきくその男。
なんなんだなんなんだ!?助けを求めようにも店長は奥の事務所だし、同じ時間帯に入っているバイト仲間もいない。

孤立無援。まさにそれだ。
俺が笑えばすべて丸く収まるのか…?変なことになる前に一回だけ笑えば…?
混乱したあげく、決意した。俺も男だ、やってやろうじゃないか。


「その…」


声をかけると、目の前の男の眉が動く。恥ずかしいが、どうせ一瞬だ。そう自分に言い聞かせて、へらりと笑う。頬の筋肉が引きつった。
出来栄えは良いとは言えないが、笑顔は笑顔だ。これでもう諦めて帰ってくれ。面倒は御免だ。


「……」
「……」


(…何か言えよおい…)


感想も何もないようなので、無理やり上げていた口角を戻す。なんだよ、やり損かよ。
乾いた笑いが出そうになるが、なんとか我慢する。そんな俺に、


「今日のところはそれでいい、それと…」


ダァン!


「…これは礼だ、とっておけ」


そう言って男が出したものに、俺は大きく目を見開いた。

いやいやいやいや。どっから出したんだよその札束…!?
レジの台に置かれた札束。コンビニに似つかわしくないそれは、圧倒的な存在感を放っていた。


(二束…、……200万!?)


「おおおおおお客様、お代は肉まんの分だけで結構ですので、」
「しかし先ほど無料ではないと」
「冗談です冗談です!」
「……そうか」


納得…してくれた、のか?
男は無言で肉まんの入った袋を受け取る。その流れで札束も回収していった。もう何も言ってくれるな。そんな思いで、ありがとうございました、と頭を下げた。
自動ドアが開く音とともに、また来る。そんな声を、耳が拾う。

バッと顔を上げれば、もうそこに姿はなく…ドアの向こうは闇に包まれていた。


(…幻聴だと思いたい…)


コンビニバイト歴二年。そこそこのベテランなはず、だった。
変な客は見慣れていたが、今日の男がベストオブ変な客だ。そうそう出会うもんじゃない。
まだバイトの上がり時間までかなりあるというのに、早く帰りたくて仕方なかった。
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