STEP.4

ふっと意識が浮上する。見覚えのない部屋の内装に瞬きをした。そうだった、ここは自分の部屋ではないのだった。
もぞもぞと動けば、薄手のタオルケットが滑り落ちた。


(…眠い…)


時間的にはあまり眠れていない。緊張していたこともあってか、眠りも深くなかったようだ。伸びをすれば、体の節々が痛んだ。
起き上がり、窓辺へ。カーテンの隙間からのぞく空は、うっすらと明るい。そのままカーテンを開ける。朝日はまだ昇っていないため、部屋にさしこむ光はない。


――朝だ…


さて、朝ご飯はどうするか。
冷蔵庫を見るためキッチンへ足を運ぶ。あまり使われた形跡のないその場所に、ぽつりと置かれたコーヒーメーカーを見て、コーヒーが好きなのかとあまり働かない頭で思った。
冷蔵庫のなかを覗くも、ほとんど何も入っていない。一体どうやって生活しているんだ、というレベルだ。


(買いに行かないとな…)


ため息をついて、身支度をする。面倒だが、さすがに寝間着でうろうろすることはできない。自分以外の靴を目の端でとらえ、靴を履く。

目指すのは、敷地内にあるコンビニエンスストアだ。
24時間営業なため、名前通り便利なことこの上ないのだが、コンビニにしてはいささか大きい。日用品、書籍、食品など、ここに買いに来ればだいたいのものが手に入る。店内が広すぎるため買い物も一苦労だが、その点では重宝していた。

普段からよく買うものをカゴに入れていく。まだ朝早いこともあり、俺以外に客はいなかった。変に気を遣わずにすんで、ほっとする。
人が多い時間帯にうっかり来て、好奇の視線をもろに受けたことは記憶に新しい。それからは時間を見計らって行くように心がけている。多数からの意図の読めない視線は、あまり気持ちのいいものではない。


部屋に戻って、バタバタと準備を始める。時間もないし今日はパンだな。
フライパンにベーコンと卵を落とす。ベーコンエッグができあがる直前に、トースターにセットしていたパンが焼きあがった。
和食にしろ洋食にしろ、こうやっていい匂いが漂い始めるのは好きだ。上機嫌のまま、できあがったものを皿に盛る。

一応二人分作ったのだが…と寝室のドアへ目をやる。そこから柴崎が出てくる様子はない。どうしたものか…
とりあえず、もう一皿にはラップをかけ、自分の分を食べ始める。パンに噛り付きながら、壁にかけられた時計を見た。買い物に行ったせいで、かなり時間を浪費してしまった。いつもならもう部屋を出ている時刻を指す針に煽られる。


(…急がなければ)


早めに生徒会室に行って、仕事をしてから授業に出るのが俺の日課になっている。今日はあまり処理できないだろうな、ともう一度ため息をついて、空になった食器を洗った。


生徒会室の扉と開けると、すでに来ていた峰が顔を上げた。普段よりも遅れてきた俺に、珍しいですねと笑う。
謝罪すると、働きすぎなのだからもう少し休むべきです、という優しい言葉をかけられた。
朝、主にここに来るのは俺と峰だけだ。俺の日課というよりも、俺と峰の日課と言った方が正しいかもしれない。

さっそく仕事をしようと扉を後ろ手で閉め、会長席へ向かう。副会長席の横を通ると、思案顔をした峰が俺を呼んだ。


「会長、香水…いえ、シャンプーでも変えましたか?」
「え…?」


首を傾げれば、峰ははっとしたように頭を下げた。


「…あ…その、いつもと違う気がしたので…、気にしないでください」


自分の匂いなど意識したこともないが、何か変わったことでもしただろうか。思い返すように言葉を紡ぐ。


「香水はもともと使わないし、シャンプーといっても…柴崎のを使っただけで、」
「あ…そう、でしたね。どうですか、柴崎は」


どうやらそれで納得したらしい峰。そんなにわかりやすいだろうか。
もう気にならなくなっていたそれに、再びそわそわしてしまう。黙ったままの俺を、峰が心配そうに見上げた。

そうだ、柴崎のことを訊かれたんだった。そこで、どうだろうか、と考える。特に目立った諍いは今のところ起きていない。それでも…


(…おはよう、言えなかったな)


目標の一つを果たせずに沈んだ俺に、何か誤解したらしい峰が口を開く。


「…会長?やっぱり何かあったんですか…?」
「ああいや、特に問題はない。峰も大丈夫だったか?」
「あ、こちらも特に問題は―…」


ばたん、と峰の声を遮った音。生徒会室の扉が開いた。
俺と峰以外に朝ここに来る役員がいるのは珍しいと、反射的にそこへと目を向ける。


「おい、邪魔するぞ」
「柴崎…」


どかどかと部屋に入ってくる柴崎。ぽろりと名を呼べば、眉間に皺を寄せて俺を見た。


「四ノ宮ァ…おまえ、行くなら行くって声かけろ」
「え、いや、…悪かった。明日から声をかけるようにする」
「そうしてくれ。あと…峰はそんなおっかねぇ顔すんな、別に会長サンには手ェ出してねーよ」


(峰…?)


峰を見ると、なんでもありませんと微笑まれる。なんだったのだろうか。
あとこれ、と差し出された書類。部屋で渡せたらここまで来る必要なかったのに。そう不満をもらしながら、柴崎は背を向けて生徒会室を出て行った。

やはり起こすべきだったと、寝室に入るのをためらってしまった自分の行動を反省した。手渡された書類に目を落とす。しかし、俺はその文字を追うこともなく、ぼーっとしていた。


「…用心してくださいね、会長。なにがあるかわかりませんから」


そんな言葉を聞きながら、俺はその何があるかわからない方へ好奇心を傾けていた。
向こうから歩みよってくることはないと、そう思っていた。しかし、よく考えればきっかけを与えてくれるのはいつも向こうだ。たとえ、本人に自覚がないのだとしても。


「ああ、わかってる…」


今はもう閉じられた生徒会室の扉、そこを見つめて小さく答えた。
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