目を開ければ、白い部屋に立っていた。
「「どこだここ」」
同時に響いた声に、勢いよく振り返る。同じようにこちらを振り返った相手を見て、目を見開いた。
「…うけるかよ」
「不満そうなの隠しもしないよね、せめるくんって」
「で、ここはどこなんだ」
「いや俺も知らないけど、」
『べろちゅーしないと出られない部屋』
うけるは頭を抱えてしゃがみこんだ。
なんだってそんな部屋に、と絶望しているようだ。
その隣にどっかりと腰をおろす。
「嫌そうだな」
「普通に嫌でしょ、男はともかくせめるくん相手なんて、ほんと…はぁぁああ…」
「うだうだ言ってんなよ。善は急げ、だろ」
「…ふぅん…?」
こちらによこされた意味深な視線。
それに首を傾げたときだった。
ぐらり、揺れた視界の端で己の髪が舞った。
抗う術もないまま、背が床につく。
「…善は急げ、ね」
俺を覆う、うけるの影が。見下ろすその顔が、その瞳がー…
(これ…誰だ…?)
「じゃあさくっと終わらせちゃおうか」
終わらせる?何を?
額の髪をはらった指先が、そのまま耳を撫ぜた。
暗くなる視界、近づく顔。そして、頬に当たったうけるのやわらかな髪。
そこでハッとする。互いの唇まであと数センチというところだった。
「まッ、ままま、待てうける!」
「何です、せめる閣下」
「お前が下になれ!!」
「…ムードもクソもないな…」
呆れながら上から退くうける。そのまま、やる気がなさそうに身を倒した。
(…よくわかんねぇけど危なかった…)
先ほどとは一転、俺がマウントポジションをとる。やはり見下ろすのは気分がいい。
「はいどーぞ、閣下」
「……目ェ閉じてろよ、絶対開けんなよ、いいか絶対だ」
「はいはい」
たっぷり間をあけて、ちょん、と一瞬触れた唇。勢いよく離れれば、うけるが目を点にしていた。
「…はぁ…ふざけてんの?」
「うううううっせぇ!」
後頭部にまわされた手のひらが、俺の逃げ道を奪う。ぐっと引き寄せられて、目前にはうけるの顔。
やばい。そう理解するよりも早く、うけるは行動をおこした。
「偉そうにしてるからよっぽど自信があるのかと思ったら…」
「ッん!?」
初めて聞く、どこか大人っぽい声。間を置かず唇が重なった。
遠慮の欠片もなく入りこんできた舌が、ぬるりと俺の舌を絡めとる。その妙な感覚に、腰が揺らいだ。
「ふぅッ、ちょ、ま、ア…!」
上顎をくすぐられ、びくりと肩が震える。逃げようと身体をひねるも、いつの間にやら腕でがっしりと固定され、もうどうにもならなかった。
「っ、ぁ、……ン!ふぁ、…ッ」
抑えようとも漏れる声。
己が発するそれに耐えられずに目をきつく閉じれば、増したのはクリアな快感だった。
すがるようにうけるの胸板に手を置き、その服を握りしめていることにも気づかないまま、与えられる刺激に翻弄される。
気まぐれに髪を梳く手にさえ感じてしまう俺の体。自分のものなのに、思い通りにならないことが腹立たしい。
そんな俺を見てうけるが目を細めたのを、俺は知るはずもなくー…
「うァ、ぁ、…はぁ、っ、」
(なんでこいつ…こんなうまいんだ…)
どれくらいそうしていただろうか。
数秒、もしくは数十秒。しかし、体感時間はそれ以上だった。
静かに唇が離れる。頭を抑えていた手はもうなかった。
「大丈夫?」
「なわけねーだろ、しつこすぎだ…」
互いに座り直す。
こちらの意に沿わず乱された呼吸を、やっとのことで整えた。かと思えば、うけるの息はそれほど乱れた様子はなく、なんだか負けた気分になって、機嫌が急降下する。
ごしごしと唇を擦る、その手を掴んで止められた。
顔をあげれば、何を考えているのか皆目検討のつかないうけるの顔。
「…せめるくん、」
「なんだよ、ッ」
人さし指で顎をすくわれ、唇を親指で押される。
「ああやっぱり。ふにふにしてる」
「はぁ!?」
「ちゅーしてるとき、せめるくんの唇が気持ちよくて止めらんなかった、ごめんね」
ボン、と音が鳴るくらいの勢いで顔が熱をもった。
いまだふにふにと触ってくるうけるの手を振り払う。
「ッざけんな!もう絶交だ!」
「またそんな小学生みたいなこと言って」
「俺は本気だからな!」
「はいはい」
小さく、鍵の開く音がした。
【Mission complete】
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(せめるくん、ちゅー慣れてないね)
(そう言うお前は慣れてんな)
(あれ…慣れてるの俺)
(あんなうめぇのに慣れてねーわけ、)
(へえ?俺うまいの?)