黒ににじむ、

近頃学園が騒がしいのは、季節外れの転校生のせい。だけではないのだ、実際のところ。


「今日も宮野様は秋吉様と一緒だよ!」
「最近ずっとだよね、お二人は恋人どうしなのかなぁ。」

という周囲の生徒の話からもわかるように、彼らの関係が一日と置かず噂されている。
きゃいきゃい騒ぐ生徒を横目に、僕は軽く溜息をついた。


実際のところ、彼ら…つまり、環様と秋吉は噂のような関係ではない。
それは、環様の親衛隊員ならば、皆理解している。
秋吉は、環様の護衛なのだ、と。
かく言う僕も、環様の親衛隊員だ。

しかし、事情を理解している僕たちでも勘違いしてしまいそうになるのには、これまたどうしようもない理由がある。


授業中に眠りにつき、休み時間になったのにも関わらず、机に突っ伏して眠る秋吉を起こすのは、環様のこの頃の日課であった。

今日もいつも通り、その日課が行われつつある。そして、周囲の人間は2人のその様子に好奇の視線を向ける。これも、いつも通りだ。


「あっきー」


ふわりと金の髪を撫でる手。優しい声音は、まだ覚醒していないであろう秋吉を思いやってだろう。

窓際の机に伏せたままの金髪と、その机の前に立って金髪を見下ろす黒髪。金の髪が、撫でる手の動きに合わせて流れた。


「…ん、……うっせえ、糞宮野…」
「起きて。次、体育だよ。移動しよ」
「…サボる…」
「だめ。あっきーがサボったら俺のペアがいないでしょ。ぼっち辛い」
「…言ってろ、」


相変わらず秋吉は環様を雑に扱う。そんな秋吉に怒るでもなく、環様は困ったように髪を揺らした。


環様のペアになりたい人間なら、いくらでもいますよ。と言ってやろうか。そうしたら、環様は秋吉みたいな暴力男とペアにならなくて済む。

ほら。現に今も、環様のペアに名乗り出ようと体をうずうずさせる男がちらほら。

ただ、いつもこんな状況になるものの、声をかけることができた者はいなかった。
理由としては…、まあ、あの2人の雰囲気ならわからないでもない。

僕は名乗りをあげようにもあげられない男たちを憐れみながら、再び窓際のあの席に目を向けた。


「もう、あっきーってば…」


環様はわかっていないのだ。
ご自分が今どんなに優しい顔をしているのかを。


「…、うぜえ…」


秋吉もまた、気づいていない。
環様が、その優しげな表情を向けるのは、本当に限られた人間にだけだということを。
顔を伏せていようと、頭を撫でる手が環様のものだとわかるほどそれに慣れてしまっていることを。


「みっ…やの、君!」


おっと。ここで、急展開。クラスメイトA(仮)が名乗りをあげた。


「ん?」
「っあの、自分が、その、宮野君の体育のペアに…!」
「…え、いいの?いつも組んでる子は?」


名前を呼ばれ、環様が振り返って。その拍子に、秋吉の頭から手が離れる。
離れた手を追うように秋吉の頭が上がったのを、僕は見逃さなかった。

ゆら、と揺れた前髪の隙間から覗く瞳が、クラスメイトAをとらえる。
寝起きの不機嫌さと相まっていつも以上に目つきが悪い秋吉のせいで、クラスメイトAは環様に返すはずの言葉も出てこない様子だった。


ガタリ、と椅子を動かす音。やっと動いた秋吉に、教室の視線が集中する。


「…、…あの男は駄目だ。行くぞ」


秋吉は一言喋ったかと思うと、きょとんとしたままの環様を一睨みして歩き出す。


「え、なにゆえ。って、ちょっと。置いてかないで」
「うるせぇ。早く来い」


秋吉を追って教室から出て行った環様の後ろ姿を見送って、僕は携帯を手に取った。


そんな2人の様子に、また噂好きな人間が騒ぎ始める。

授業は一緒。下校も一緒。よく考えてみると、2人は一日の大半を共に過ごしているわけで。
そう思うと2人の噂が尽きないのも仕方がないのかもしれない。

そろそろ隊長も気づくべきである。環様に秋吉を付けたのは失敗だったということに。


(秋吉のくせに、…)


隊のなかでは、秋吉の環様嫌いは公然の事実だ。
しかし、最近ではその事実さえも疑わしくなってきたように思う。


嫌いな人間に頭を撫でられるのを甘んじて受け入れるような男ではないはずの男が、あんな―…


ああ、今は秋吉を気にしてる場合じゃなかった。
さっきの男のことを隊長に報告しなければ、と。僕は手の中の携帯を握りしめる。

クラスメイトAは、つい最近風紀の指導を受けていた。理由は、確か強姦未遂だったはず。
そういった要注意人物は、隊の取り決めとして環様に近づかせないようにしているのだ。


隊長に惚れたから、というのが入隊理由なだけに、秋吉が隊の取り決めを守るとは思っていなかった。が、秋吉は案外僕が思っていたような男ではないらしい。


きっと、秋吉は環様に絆されてきているのだ。徐々に。でも確実に。


僕は自分の口角が上がるのを感じながら、そう思った。


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(あっきー、なんであの人は駄目なの?)
(何回もしつけえ。さっさと着替えろ)
(え、や、そんなに見られると着替えにくいんだけど、)
(見てねぇよ)
(見てるよ)


体育の授業前の更衣室での秋吉君と環君。
見てる、見てない、の言い合いはいつものこと。

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