17

秋吉side


あ、しまった。普通にあいつを帰してどうする。
そう思って振り返るも、あいつの姿はもう扉の向こうに消えていて。


「あー、くそ。めんどくせぇ…」


満さんに頼まれた仕事をすっかり忘れていた。

苛立ちはそのままに、頭を掻く。廊下には誰もいなかった。


今日もいつも通り。いつも通りに部屋に送って、面倒な仕事を終えた、つもりだったのに。
あいつに"例のこと"を伝え忘れたせいで、気分は最悪だ。
苛々する。すげえ苛々する。

本当は、今日の昼休みに満さんからあいつに伝えられるはずだった、"例のこと"
時間がなかったせいで、結局その伝達係は俺になった。
そもそも宮野が関係ない話をしたのが悪い。全面的にあいつが悪い。

まあ、どうせ明日も顔を合わせるだろうし、急ぐ必要はないと思う。


ぶっちゃけ俺がわざわざあいつに教えてやる義理はないんだから、このまま黙ってても。と思ったが、それが満さんにばれて、また除隊処分とか言われたら面倒だ。

満さんは、宮野環の親衛隊隊長だ。つまり、俺の上司。
本庄先輩、なんて宮野と一緒の呼び方は嫌だから、俺は名前で呼んでいる。


立ち止まって考えても仕方がない、そう思って自室へと足を進めた。


あの無表情のどこが良いのか、全く理解できない。
なんで満さんは、宮野じゃないと駄目なんだ。
あんな石像みたいに無表情の、どこが良いんだ。


そこまで考えて、さっきのことを思い出す。


(…そうだ、あの時は、)


一瞬だけ、無表情が崩れた。ような気がした。


"……頭冷やせよ"


言うつもりはなかった。こんな謝罪めいた言葉なんて。
だから、そのまま言わずに、さっさと用件だけ済ませて帰ればよかったんだ。

あんな風に、あの無表情を崩してしまうくらいなら。言わない方がましだった。
そうすれば、俺もこんなに後味の悪い思いをしなくて済んだ。

俺の言葉に反応して、あいつの瞼が開く瞬間を、ゆっくりと思い出す。
瞼が開いて、次に見えたのは。
まるで、傷ついたかのように揺らいだ黒の瞳。
いつも無表情すぎるくらい無表情なあいつの顔は、戸惑いを映していて。
泣きそうにも見えた。

そして、その後のあいつの言葉のせいで、俺はますます混乱することになる。


"ああ、そっち"


安心したような、溜息まじりの言葉。
気づいた時には、もう既にいつもの表情に戻っていた。
つーか、そっちってどっちだよ。意味わかんねえ。

疑問符ばかりが量産されて、部屋に帰っても当然のごとく答えはわからないまま。


別のことを考えようと、思考を切り替える。
そういえば、今日の帰り道で、宮野がこんなことを言っていた。


"俺、日曜日に出かけるんだ。楽しみ"


どうせあいつの楽しみなんて、ろくでもないことだ。興味も湧かねぇ…

それでも、一応、満さんに報告しとこうと電話をかけた。のが俺の運の尽きだったんだろう。
電話の向こうの人物の本性を、俺はまだ知らなかったんだ。


「宮野が日曜に学園の外に出るらしい。…です」
<では、尾行をお願いします>
「は?」
<これも護衛の任務のうちです>
「……学園の外は管轄外だろ」
<そんなに尾行が嫌なら、こういうのはどうです?>


この言葉のあと、楽しげに囁かれた予想外の提案に絶句した。


確かに尾行は嫌だ。なんで俺がこそこそ動かないといけないんだ。
しかも、宮野なんかのために。

嫌なものは嫌だ、が。だからって、どうしてこうなる。


満さんの衝撃の一言から数日。今日は日曜。快晴。
絶好の外出日和に、俺の気分は最悪だった。あー、行きたくねえ。

それもそのはず。
せっかくの休みだっていうのに―…


「あ、やっと来た。遅いよ、あっきー」
「…うっせ、」


なんで大嫌いなはずのこいつと一緒に外出することになっているんだろうか。
それに答えるかのように、あの日の満さんの声が耳元で木霊する。


<…環様と一緒に出かけてしまえば問題ありませんよね?>


その方が護衛しやすいですし、という有無を言わせない強制力を持った言葉に、唸るように承諾した俺。

あの人は小悪魔なんて可愛いもんじゃない、そう気づき始めたのは、これがきっかけだった。


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(ふふ、日曜楽しみだなー)
(……)
(聞きたい?聞きたい?)
(うぜぇ)
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