15

教室に続く廊下を歩く。昼休みの校内は、どこも賑やかだ。

今くらい俺に気を遣ってくれても、とか思ったけど俺の事情なんて知ったこっちゃないですよね、ははは。何だこれ切ない…


「…あー…」


俯けば、視界の端で髪が揺れた。


"…どう、ですかね…わかりません"


もうちょっとましな言い方があっただろうに。
何度思い返しても、対応を間違えたとしか思えない。
だから、あんな―…


「…本当、馬鹿だなぁ、俺…」
「そうだな!てめえは大馬鹿野郎だ、今すぐ禿げちまえ!」


俺の呟きをかき消すような怒声の後、いきなり肩を掴まれて、その勢いのまま体は回れ右。
そして状況を理解するよりも先に、額に激痛が走った。


「い゛った!…な、に…」
「秋吉っ!あなた何を、」


ふらつく俺を支えたのは、俺よりも随分背の低い天使…だと一瞬思ったけど、よく見れば本庄先輩だった。安定の美人。
先輩は俺を支えながら、金髪の長身男を叱り始める。


「秋吉。あなた、また環様に危害を…!」
「…このバカがあんたのこと無視しやがったんだから当然だろ、…です」
「理由はどうあれ、暴行は許せません。除隊処分されたいんですか」


秋吉。
そう呼ばれた彼は、王道君がこの学園にやってきてから、俺の生活に関わるようになった金髪の不良。

本庄先輩に一目惚れして、先輩が結成した親衛隊に入隊したらしい。まあ、つまり俺の親衛隊に入ってるってことなんだけど。ちらりもその彼を見やる。


(うわぁ…めちゃくちゃ機嫌悪そう)


どうやら俺は彼に心底嫌われてるみたいなんだよね、残念なことに。
さっきだって、いきなり頭突きされたし。超痛かったし。

それはともかく。そろそろ止めに入るか。なんか話を聞く限り、俺が悪いみたいだし。

考え事をしてたら、俺を呼び止める本庄先輩をスルーしてしまってたようだ。申し訳ない。
未だに俺を支えてくれている腕をやんわりと解き、本庄先輩に向き直った。


「…そのへんにしてあげてください。先輩に気づかなかった俺が悪いんです」
「環様、でも、」
「ね?」
「……はい」


良かったね、これで君の立場は守られたよ。そんな慈愛の目で金髪の彼を見れば…


「…てめーのそういうところが嫌いなんだよ!」


怒られましたよ。え、なんで。文脈おかしい。

もうこれは仕方ない。そう思って、自分なりの呆れ顔で、怒り続ける彼に向けて言う。


「落ち着きなよ。血管ぶち切れちゃうよ、あっきー」
「てっ…めえ…そう呼ぶなっつったろうが!昨日!」
「昨日は言われてないよ」
「え…じゃあ、あれだ!おとと、い。とか、」
「そうだね、一昨日は言われた」
「おまえ…結局言われたくせに直す気ねえだけだろ!」


というのが、俺のここ最近の日常です。割と楽しい。
この金髪の不良君は、あっきーこと秋吉君。下の名前は…、ちょっと今は思い出せないや。
ちなみに、今のでわかったと思うけど、あっきーって呼ぶと怒るから気をつけて。


(なんかちょっと気が紛れたな…)


変わらず賑やかな校内に、午後の授業の予鈴が鳴り始める。また機会を逃した、と先輩は小さく呟いた。

本庄先輩はあっきーに、例のことを伝えておくように、とだけ言って背を向ける。
俺もいつかはそんな格好いい台詞言えるような男になりたいです。羨望の目で、見かけに似合わず渋い先輩を見送った。

それはそうと、何その意味深な言葉。すっごい気になるんだけど。
あっきーを見れば、なんかちょっと落ち着いている。本庄先輩に耳打ちされたのが効いたのかな…恋の力は素晴らしい。


「…あっきー」
「その呼び方したら返事しねえっつったよな、さっき」
「返事してるよ。それに、予鈴。そろそろ教室戻らないと」
「……わかってる」


おや、珍しく素直。
教室に足を運ぼうと動き始めたあっきーに並んで、俺も歩く。
もう廊下にはさっきまでの活気はない。ほとんどが教室に入ってしまっているようだ。
足を動かしながら、何の気なしに隣を見る。


(あーあ)


動きに合わせて揺れる金髪を窺えば、気になるものを見つけた。そのままあっきーの腕を掴んで止まらせる。

立ち止まるあっきー。二つの瞳が俺に向く。
あ、いらいらしてる。何となく察した俺は、文句を言われる前に口を開いた。


「おでこ」
「…あ?」
「ほら、赤くなってる」


あっきーの前髪の隙間から覗く薄紅の痕を指先で撫でる。
その瞬間に指に触れた金髪は思いの外柔らかくて。誰も彼も見かけによらない、そう思うと自然と笑えた。


「っおま、」
「頭突きなんてするから。俺は仕方ないけど、あっきーまで痛い思いしてどうすんの。Mなの?馬鹿なの?」
「……黙って聞いてりゃ…もう一発頭突きしてやろうか、宮野君よぉ!」
「遠慮します」


おでこに触れていた手は払われて、俺は不機嫌そうに歩みを進めるあっきーの後ろ姿を追った。

やっぱり怒りっぽいあっきー。教室に入ってからもぷんぷん怒ったままでした。
あ、そうそう。俺とあっきーは一緒のクラス。


午後の風が吹き込む教室の窓側。始まったのは、古典の授業だった。

黒板を見ようと顔を上げれば、視界に入り込む金髪。
俺の前の席で大胆にも眠るあっきーの背中に一言呟いた。


「ちゃんと冷やしなよ、おでこ」


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(それでは、この問題を…出席番号1番、秋吉君…)
(あ゛?)
(じゃなくて、ええと…あっ、みみみ宮野君!)
(とばっちりです先生)
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