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教室に続く廊下を歩く。昼休みの校内は、どこも賑やかだ。 今くらい俺に気を遣ってくれても、とか思ったけど俺の事情なんて知ったこっちゃないですよね、ははは。何だこれ切ない… 「…あー…」 俯けば、視界の端で髪が揺れた。 "…どう、ですかね…わかりません" もうちょっとましな言い方があっただろうに。 何度思い返しても、対応を間違えたとしか思えない。 だから、あんな―… 「…本当、馬鹿だなぁ、俺…」 「そうだな!てめえは大馬鹿野郎だ、今すぐ禿げちまえ!」 俺の呟きをかき消すような怒声の後、いきなり肩を掴まれて、その勢いのまま体は回れ右。 そして状況を理解するよりも先に、額に激痛が走った。 「い゛った!…な、に…」 「秋吉っ!あなた何を、」 ふらつく俺を支えたのは、俺よりも随分背の低い天使…だと一瞬思ったけど、よく見れば本庄先輩だった。安定の美人。 先輩は俺を支えながら、金髪の長身男を叱り始める。 「秋吉。あなた、また環様に危害を…!」 「…このバカがあんたのこと無視しやがったんだから当然だろ、…です」 「理由はどうあれ、暴行は許せません。除隊処分されたいんですか」 秋吉。 そう呼ばれた彼は、王道君がこの学園にやってきてから、俺の生活に関わるようになった金髪の不良。 本庄先輩に一目惚れして、先輩が結成した親衛隊に入隊したらしい。まあ、つまり俺の親衛隊に入ってるってことなんだけど。ちらりもその彼を見やる。 (うわぁ…めちゃくちゃ機嫌悪そう) どうやら俺は彼に心底嫌われてるみたいなんだよね、残念なことに。 さっきだって、いきなり頭突きされたし。超痛かったし。 それはともかく。そろそろ止めに入るか。なんか話を聞く限り、俺が悪いみたいだし。 考え事をしてたら、俺を呼び止める本庄先輩をスルーしてしまってたようだ。申し訳ない。 未だに俺を支えてくれている腕をやんわりと解き、本庄先輩に向き直った。 「…そのへんにしてあげてください。先輩に気づかなかった俺が悪いんです」 「環様、でも、」 「ね?」 「……はい」 良かったね、これで君の立場は守られたよ。そんな慈愛の目で金髪の彼を見れば… 「…てめーのそういうところが嫌いなんだよ!」 怒られましたよ。え、なんで。文脈おかしい。 もうこれは仕方ない。そう思って、自分なりの呆れ顔で、怒り続ける彼に向けて言う。 「落ち着きなよ。血管ぶち切れちゃうよ、あっきー」 「てっ…めえ…そう呼ぶなっつったろうが!昨日!」 「昨日は言われてないよ」 「え…じゃあ、あれだ!おとと、い。とか、」 「そうだね、一昨日は言われた」 「おまえ…結局言われたくせに直す気ねえだけだろ!」 というのが、俺のここ最近の日常です。割と楽しい。 この金髪の不良君は、あっきーこと秋吉君。下の名前は…、ちょっと今は思い出せないや。 ちなみに、今のでわかったと思うけど、あっきーって呼ぶと怒るから気をつけて。 (なんかちょっと気が紛れたな…) 変わらず賑やかな校内に、午後の授業の予鈴が鳴り始める。また機会を逃した、と先輩は小さく呟いた。 本庄先輩はあっきーに、例のことを伝えておくように、とだけ言って背を向ける。 俺もいつかはそんな格好いい台詞言えるような男になりたいです。羨望の目で、見かけに似合わず渋い先輩を見送った。 それはそうと、何その意味深な言葉。すっごい気になるんだけど。 あっきーを見れば、なんかちょっと落ち着いている。本庄先輩に耳打ちされたのが効いたのかな…恋の力は素晴らしい。 「…あっきー」 「その呼び方したら返事しねえっつったよな、さっき」 「返事してるよ。それに、予鈴。そろそろ教室戻らないと」 「……わかってる」 おや、珍しく素直。 教室に足を運ぼうと動き始めたあっきーに並んで、俺も歩く。 もう廊下にはさっきまでの活気はない。ほとんどが教室に入ってしまっているようだ。 足を動かしながら、何の気なしに隣を見る。 (あーあ) 動きに合わせて揺れる金髪を窺えば、気になるものを見つけた。そのままあっきーの腕を掴んで止まらせる。 立ち止まるあっきー。二つの瞳が俺に向く。 あ、いらいらしてる。何となく察した俺は、文句を言われる前に口を開いた。 「おでこ」 「…あ?」 「ほら、赤くなってる」 あっきーの前髪の隙間から覗く薄紅の痕を指先で撫でる。 その瞬間に指に触れた金髪は思いの外柔らかくて。誰も彼も見かけによらない、そう思うと自然と笑えた。 「っおま、」 「頭突きなんてするから。俺は仕方ないけど、あっきーまで痛い思いしてどうすんの。Mなの?馬鹿なの?」 「……黙って聞いてりゃ…もう一発頭突きしてやろうか、宮野君よぉ!」 「遠慮します」 おでこに触れていた手は払われて、俺は不機嫌そうに歩みを進めるあっきーの後ろ姿を追った。 やっぱり怒りっぽいあっきー。教室に入ってからもぷんぷん怒ったままでした。 あ、そうそう。俺とあっきーは一緒のクラス。 午後の風が吹き込む教室の窓側。始まったのは、古典の授業だった。 黒板を見ようと顔を上げれば、視界に入り込む金髪。 俺の前の席で大胆にも眠るあっきーの背中に一言呟いた。 「ちゃんと冷やしなよ、おでこ」 ----------------------------------- (それでは、この問題を…出席番号1番、秋吉君…) (あ゛?) (じゃなくて、ええと…あっ、みみみ宮野君!) (とばっちりです先生) |