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会長side 「じゃあ、会長。口開けましょうね〜」 「ガキ扱いすんな。つーか、いい加減名前で呼べ」 「はい、あーん」 無視か。反論しようと口を開けば、ほどよく冷まされた卵粥を食わされた。 (美味いな……) ちなみに、宮野の手料理だ。 「口に合いますか?」 「…まあ、それなりに」 「食べ終わったら、さっき頂いた薬飲みましょうね」 水もって来ます、と言って寝室を出た宮野。ベットの上で、その背中を見送る。そして、俺は閉じたドアを見つめて溜息をついた。 (…ずりィことしちまった…) 溜息の理由は一つ。 横山達が帰る時に一緒に帰ろうとした宮野をなんとか引き止め、看病係にしてしまったからだ。あいつがそれを断らないと確信した上で言ったのだ。 寝ているふりをしていた時に、宮野が俺の言った「会いたくない」っていう言葉を気にしてるってことはわかった。だから、俺に気を使って帰ろうとしているということも。 早く誤解を解かなければ、そうは思うものの、俺はそのきっかけを見出せないままだった。 再び聞こえた、ぱたんという音。水の入ったグラスを持った宮野は、ベッドの横の椅子に座った。俺がちゃんと薬を飲むか確認するようだ。 処方箋を興味深そうに眺める横顔。それを窓からの光が、優しく、淡くうつした。 こいつは優しすぎる。本当に、つくづくそう思う。苦い薬を飲みながら、その横顔を見つめた。ふと湧き上がった衝動に、口が動かされる。 「た…ま、き」 「?どうかしました?」 やっとこちらを向いたその顔。もっと名前を呼びたい、俺の声で、その名前を。 「…たまき」 「はい」 「たまき」 「…どうしたんですか?」 再三の名前呼びに心配になったのか、ベッドに腰掛けてこっちを見る宮野。 名前を呼ぶ度に、顔が熱くなっていく。見られたくなくて、ぎゅう、と宮野に抱きつけば、頭をぽんぽん撫でられた。 だから、ガキ扱いすんなよ。 (こいつ…何もわかってない) くすくす笑いながら、初々しいですねぇ、と零す宮野は、きっと俺の顔の赤さに気づいているんだろう。 そして、俺の頭を撫でながら、宮野は独り言のように呟き始めた。 「…すごく不思議なんです。こんな風に、会長と会話するのが」 「ハッ…ようやく俺の偉大さがわかったか」 「ええ、まあ。普通に生活していれば、まず出会うことのない相手ですもん。現に、会長は王道君が来るまで、俺の存在自体知らなかったでしょ?」 それは、確かにその通りだ。学年も違うし、接点は何もなかったから。 空が転校してこなければ、俺は宮野と出会うことはなかった。そのまま卒業して、きっと一生関わりあうことはなかっただろう。 頭を撫でる手を止めた宮野は、一呼吸置いて言う。 「だから、俺は…その、あまり伝わってないかもしれませんが、会長と過ごす時間も会長自身のことも、結構大事に思ってるんですよ。目の前で会長が倒れた時なんて、気が気じゃありませんでした」 「へ、へえ…」 「だから…仕事も大事ですけど、体も蔑ろにしないでください」 密着しているせいか、いつもよりダイレクトに耳に届く宮野の声。伝わる心臓の音は一定のリズムを刻んでいた。 俺の心臓はどうなってしまうのだろう。宮野の心拍数は落ち着いているのに、自分だけ鼓動を速めていた。 なんでお前はそんな恥ずかしいことを平気で言えるんだ。 浮かれていた俺は、気付けなかった。どうして宮野がこのタイミングでこんなことを言うのか、なんて。 「眠いですか?」 「……ねむ、くない、まだ…」 薬の副作用のせいで、眠気が俺を襲う。まだ起きていたいのに。 「おやすみなさい…一馬先輩」 不意打ちはやめろ。言い返したくても、もう頭が働かない。ぽすりと体がベッドに沈みこむ。 そのまま、深く深く、眠りに落ちていく。 (寝たく、ない…) 閉じゆく瞼は、目の前の存在がひどく儚く見えたことだけ覚えていた。 俺が空を好きなふりを続ければ、宮野は今まで通り傍にいてくれると思っていた。 俺が逃げたって、今回みたいに追いかけてきてくれると。何の根拠もなく、信じていた。 俺は、まだ何も知らなかったんだ。 宮野の想いも。俺自身のことも。 この日のこの言葉をきっかけに、俺の視界に宮野の姿が入ることがなくなるってことも。 ----------------------------------- (お前、俺をガキ扱いしすぎだ) (だって可愛いんですもん) (っ…もうお前喋んな!!) (えー…) |