12

会長side


「じゃあ、会長。口開けましょうね〜」
「ガキ扱いすんな。つーか、いい加減名前で呼べ」
「はい、あーん」


無視か。反論しようと口を開けば、ほどよく冷まされた卵粥を食わされた。


(美味いな……)


ちなみに、宮野の手料理だ。


「口に合いますか?」
「…まあ、それなりに」
「食べ終わったら、さっき頂いた薬飲みましょうね」


水もって来ます、と言って寝室を出た宮野。ベットの上で、その背中を見送る。そして、俺は閉じたドアを見つめて溜息をついた。


(…ずりィことしちまった…)


溜息の理由は一つ。
横山達が帰る時に一緒に帰ろうとした宮野をなんとか引き止め、看病係にしてしまったからだ。あいつがそれを断らないと確信した上で言ったのだ。

寝ているふりをしていた時に、宮野が俺の言った「会いたくない」っていう言葉を気にしてるってことはわかった。だから、俺に気を使って帰ろうとしているということも。

早く誤解を解かなければ、そうは思うものの、俺はそのきっかけを見出せないままだった。


再び聞こえた、ぱたんという音。水の入ったグラスを持った宮野は、ベッドの横の椅子に座った。俺がちゃんと薬を飲むか確認するようだ。
処方箋を興味深そうに眺める横顔。それを窓からの光が、優しく、淡くうつした。

こいつは優しすぎる。本当に、つくづくそう思う。苦い薬を飲みながら、その横顔を見つめた。ふと湧き上がった衝動に、口が動かされる。


「た…ま、き」
「?どうかしました?」


やっとこちらを向いたその顔。もっと名前を呼びたい、俺の声で、その名前を。


「…たまき」
「はい」
「たまき」
「…どうしたんですか?」


再三の名前呼びに心配になったのか、ベッドに腰掛けてこっちを見る宮野。

名前を呼ぶ度に、顔が熱くなっていく。見られたくなくて、ぎゅう、と宮野に抱きつけば、頭をぽんぽん撫でられた。
だから、ガキ扱いすんなよ。


(こいつ…何もわかってない)


くすくす笑いながら、初々しいですねぇ、と零す宮野は、きっと俺の顔の赤さに気づいているんだろう。
そして、俺の頭を撫でながら、宮野は独り言のように呟き始めた。


「…すごく不思議なんです。こんな風に、会長と会話するのが」
「ハッ…ようやく俺の偉大さがわかったか」
「ええ、まあ。普通に生活していれば、まず出会うことのない相手ですもん。現に、会長は王道君が来るまで、俺の存在自体知らなかったでしょ?」


それは、確かにその通りだ。学年も違うし、接点は何もなかったから。
空が転校してこなければ、俺は宮野と出会うことはなかった。そのまま卒業して、きっと一生関わりあうことはなかっただろう。

頭を撫でる手を止めた宮野は、一呼吸置いて言う。


「だから、俺は…その、あまり伝わってないかもしれませんが、会長と過ごす時間も会長自身のことも、結構大事に思ってるんですよ。目の前で会長が倒れた時なんて、気が気じゃありませんでした」
「へ、へえ…」
「だから…仕事も大事ですけど、体も蔑ろにしないでください」


密着しているせいか、いつもよりダイレクトに耳に届く宮野の声。伝わる心臓の音は一定のリズムを刻んでいた。

俺の心臓はどうなってしまうのだろう。宮野の心拍数は落ち着いているのに、自分だけ鼓動を速めていた。
なんでお前はそんな恥ずかしいことを平気で言えるんだ。


浮かれていた俺は、気付けなかった。どうして宮野がこのタイミングでこんなことを言うのか、なんて。


「眠いですか?」
「……ねむ、くない、まだ…」


薬の副作用のせいで、眠気が俺を襲う。まだ起きていたいのに。


「おやすみなさい…一馬先輩」


不意打ちはやめろ。言い返したくても、もう頭が働かない。ぽすりと体がベッドに沈みこむ。
そのまま、深く深く、眠りに落ちていく。


(寝たく、ない…)


閉じゆく瞼は、目の前の存在がひどく儚く見えたことだけ覚えていた。


俺が空を好きなふりを続ければ、宮野は今まで通り傍にいてくれると思っていた。
俺が逃げたって、今回みたいに追いかけてきてくれると。何の根拠もなく、信じていた。

俺は、まだ何も知らなかったんだ。

宮野の想いも。俺自身のことも。
この日のこの言葉をきっかけに、俺の視界に宮野の姿が入ることがなくなるってことも。


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(お前、俺をガキ扱いしすぎだ)
(だって可愛いんですもん)
(っ…もうお前喋んな!!)
(えー…)
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