10

会長side


ゆらゆら。ゆらゆら。体が揺れる。
はらはらと頬に当たる柔らかな髪。ああ、宮野に背負われている。

俺を背負って廊下を歩く宮野は、いつ見つけたのか、俺のゴールドカードを眺めていた。


ほどなく、俺の部屋の前に到着した。片手でカードリーダーにゴールドカードを通す宮野。もう片方で俺を支えているせいか、どことなく不安定だ。

どさくさにまぎれて、俺は宮野の首に回されてあった自分の腕の力をぎゅう、と強める。
その瞬間、香水ではない、シャンプーのような匂いがした。


(なんか俺変態みてぇだ…)


熱で頭がやられてしまっているようだ。俺は断じて変態なんかじゃない、はず。


部屋に入り、寝室まで進む。そのままドアを開け、宮野は俺を下すためにベッドに腰をかけようとかがんだ。
その拍子にバランスを崩したのか、二人一緒にベッドに落ちる。って待て、俺を潰すな。


「はぁ、…も、会長。首に巻きつかないでくださいよ」
「…ぅ、重…」
「あ、すみません」


首に回していた腕を外される。ああ、せっかく役得だったのに。
俺に布団をかけて、ベッドを後にしようとする宮野。
体温が、離れていく。俺は、宮野の手首を慌てて掴んだ。


「…そばに…居ろ…」
「いいんですか。会いたくないって、」
「俺が居ろって言ってんだ、黙ってここに居ろ…馬鹿宮野…」
「…わかりました。でも、ちょっとむこうで電話してきますね」


そう言って宮野は寝室をあとにする。帰らないなら、いい。
俺はというと、寝室の扉が閉まるのを確認して、布団の暖かさに瞼を閉じた。


(…なんだ…?)


ぎしり、ベッドが揺れた振動で意識が浮上する。誰かが俺の隣で寝ている、そんな気配がする。ぼんやりと目を開けようとした。

その時、俺の前髪を少し冷たい指が払った。
突然のことに、少し呼吸が乱れる。そこで、気づく。隣にいるのは、宮野だ。


(え、え、…?)


なんで、宮野が一緒に寝てんだ。頭の中に疑問符が飛び交う。答えをくれる者はいない。

俺が覚醒したことに気づいていない宮野。おれは、狸寝入りをすることしかできなかった。
そんな俺の頬を、宮野はするりと撫でる。冷たい手が気持ちいい。


「…俺のこと、嫌になりましたか。顔も見たくないくらい、倒れてしまうくらい、迷惑でしたか」


あまりの衝撃に、心臓が跳ねた。淡々と、だけど重みのある言葉だった。
違う、と声に出して言いたい。でも、うまく説明できない気がして、寝たふりを続ける。


「会長専属のお医者さん、横山さんでしたっけ。さっき連絡しときました。その人が来たら帰りますから…それまでは居ますね」


優しい声だった。目を閉じていても伝わる宮野の優しさ。

わけのわからない感情に支配されてしまうのが嫌だった。逃げたのは俺だ。
俺の勝手な行動で傷つけてしまったのに。俺をそんなに甘やかすな。


"宮野はどちらかというとタチだな。よって貴様の許容範囲外…違うか?"


富永の言葉を思い出す。

俺は、宮野の笑った顔が好きだ。笑わせたいとも思う。一馬先輩、そう呼ばれるのも、慣れないがすごく好きだ。悔しいが、すべて認める。
近くにいたいし、いてほしいと思う。

もう自分でもわかっている。きっと、本当は随分前に気づいていたんだ。
許容範囲なんて、もう関係なくて。空じゃなくて、おまえが、宮野が―…


「………好き、だ…」


うっかり声に出してしまった言葉は、驚くほど小さな一言だった。小さすぎて、言ったか言ってないか自分でもわからないほど。
タイミングよく寝返りを打った宮野には、きっと聞こえていない。よかった。

うっすら開いた俺の目には、宮野の背中しか見えなかった。自分のではない寝息が聞こえる。


(寝たのか…)


別に、いい。良い返事をくれるなんて、微塵も思っていないから。

いつも宮野は言っていた。自分は俺様会長×王道君が見れればそれでいい、何なら会長が受けでも、と。
つまり、俺は眼中になくて。
でも、俺はこいつの姿を探してしまうし、見つめてしまうだろう。
宮野の背中を見ながら、そう思う。


手を伸ばせば、宮野の肩に届く。引き寄せた宮野の体。
初めて見た寝顔は、いつもの無表情より幼く見えて新鮮だった。俺をまっすぐに射抜く瞳が隠れていることだけが残念だ。

無意識のうちに、唇に目がいってしまう。不純な考えが頭を過る。
今なら、と、顔を寄せた。宮野の体温に触れる。


(やって…しまった…)


そして、すぐさま布団にもぐりこんで、何とか眠ろうと目を閉じた。ばくばくと、鼓動が早い。


「っ、…馬鹿みてぇ…」


情けないが、目尻にキスするのがやっとだったんだ。


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目元にキス⇒「憧憬」
(憧憬…対象を求めて、心が強く引きつけられること)
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