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会長side ゆらゆら。ゆらゆら。体が揺れる。 はらはらと頬に当たる柔らかな髪。ああ、宮野に背負われている。 俺を背負って廊下を歩く宮野は、いつ見つけたのか、俺のゴールドカードを眺めていた。 ほどなく、俺の部屋の前に到着した。片手でカードリーダーにゴールドカードを通す宮野。もう片方で俺を支えているせいか、どことなく不安定だ。 どさくさにまぎれて、俺は宮野の首に回されてあった自分の腕の力をぎゅう、と強める。 その瞬間、香水ではない、シャンプーのような匂いがした。 (なんか俺変態みてぇだ…) 熱で頭がやられてしまっているようだ。俺は断じて変態なんかじゃない、はず。 部屋に入り、寝室まで進む。そのままドアを開け、宮野は俺を下すためにベッドに腰をかけようとかがんだ。 その拍子にバランスを崩したのか、二人一緒にベッドに落ちる。って待て、俺を潰すな。 「はぁ、…も、会長。首に巻きつかないでくださいよ」 「…ぅ、重…」 「あ、すみません」 首に回していた腕を外される。ああ、せっかく役得だったのに。 俺に布団をかけて、ベッドを後にしようとする宮野。 体温が、離れていく。俺は、宮野の手首を慌てて掴んだ。 「…そばに…居ろ…」 「いいんですか。会いたくないって、」 「俺が居ろって言ってんだ、黙ってここに居ろ…馬鹿宮野…」 「…わかりました。でも、ちょっとむこうで電話してきますね」 そう言って宮野は寝室をあとにする。帰らないなら、いい。 俺はというと、寝室の扉が閉まるのを確認して、布団の暖かさに瞼を閉じた。 (…なんだ…?) ぎしり、ベッドが揺れた振動で意識が浮上する。誰かが俺の隣で寝ている、そんな気配がする。ぼんやりと目を開けようとした。 その時、俺の前髪を少し冷たい指が払った。 突然のことに、少し呼吸が乱れる。そこで、気づく。隣にいるのは、宮野だ。 (え、え、…?) なんで、宮野が一緒に寝てんだ。頭の中に疑問符が飛び交う。答えをくれる者はいない。 俺が覚醒したことに気づいていない宮野。おれは、狸寝入りをすることしかできなかった。 そんな俺の頬を、宮野はするりと撫でる。冷たい手が気持ちいい。 「…俺のこと、嫌になりましたか。顔も見たくないくらい、倒れてしまうくらい、迷惑でしたか」 あまりの衝撃に、心臓が跳ねた。淡々と、だけど重みのある言葉だった。 違う、と声に出して言いたい。でも、うまく説明できない気がして、寝たふりを続ける。 「会長専属のお医者さん、横山さんでしたっけ。さっき連絡しときました。その人が来たら帰りますから…それまでは居ますね」 優しい声だった。目を閉じていても伝わる宮野の優しさ。 わけのわからない感情に支配されてしまうのが嫌だった。逃げたのは俺だ。 俺の勝手な行動で傷つけてしまったのに。俺をそんなに甘やかすな。 "宮野はどちらかというとタチだな。よって貴様の許容範囲外…違うか?" 富永の言葉を思い出す。 俺は、宮野の笑った顔が好きだ。笑わせたいとも思う。一馬先輩、そう呼ばれるのも、慣れないがすごく好きだ。悔しいが、すべて認める。 近くにいたいし、いてほしいと思う。 もう自分でもわかっている。きっと、本当は随分前に気づいていたんだ。 許容範囲なんて、もう関係なくて。空じゃなくて、おまえが、宮野が―… 「………好き、だ…」 うっかり声に出してしまった言葉は、驚くほど小さな一言だった。小さすぎて、言ったか言ってないか自分でもわからないほど。 タイミングよく寝返りを打った宮野には、きっと聞こえていない。よかった。 うっすら開いた俺の目には、宮野の背中しか見えなかった。自分のではない寝息が聞こえる。 (寝たのか…) 別に、いい。良い返事をくれるなんて、微塵も思っていないから。 いつも宮野は言っていた。自分は俺様会長×王道君が見れればそれでいい、何なら会長が受けでも、と。 つまり、俺は眼中になくて。 でも、俺はこいつの姿を探してしまうし、見つめてしまうだろう。 宮野の背中を見ながら、そう思う。 手を伸ばせば、宮野の肩に届く。引き寄せた宮野の体。 初めて見た寝顔は、いつもの無表情より幼く見えて新鮮だった。俺をまっすぐに射抜く瞳が隠れていることだけが残念だ。 無意識のうちに、唇に目がいってしまう。不純な考えが頭を過る。 今なら、と、顔を寄せた。宮野の体温に触れる。 (やって…しまった…) そして、すぐさま布団にもぐりこんで、何とか眠ろうと目を閉じた。ばくばくと、鼓動が早い。 「っ、…馬鹿みてぇ…」 情けないが、目尻にキスするのがやっとだったんだ。 ----------------------------------------- 目元にキス⇒「憧憬」 (憧憬…対象を求めて、心が強く引きつけられること) |