07

会長side


俺は考え中なんだ。タイミングを見計らってるんだ。
だから、デザート半分こですねー、とか言ってる宮野を意識するわけないし、この変人とのデザートタイムを満喫してるはずがないんだ。馬鹿な誤解はするなよ。


「この杏仁豆腐、絶品ですよ」
「そうか、よかったな。俺を崇めろ。そして敬え」
「会長の抹茶アイス、一口もらっていいですか」
「…おい無視か」


綺麗な手が俺の手元の抹茶アイスに伸びて、一口分を器用にスプーンですくう。そのままアイスを口へと運んだ。俺の目はその流れを追って動く。って…


(しまった…!)


あーん仕返す絶好のタイミングを失った。完全に今がそのチャンスだったのに。
自分だけハンバーグを食わせてもらったなんて俺のプライドが許さない。この一瞬のために機会を窺っていたのに無駄になった。


「ん、こっちも美味しい」


よほど甘味が好きなのか、目尻が緩み、いつもより優しげな空気を纏う顔。
独り言のように静かに零す一言に、チャンスを無駄にしたことももういいかと思えた。

それに何より、こんな風に宮野と食事をとるのは初めてだ。
いつもは空や生徒会の連中がいるために、こうやって一対一でこいつと話ながら過ごすことはなかった。まあ今もすぐ横のテーブルでは空が騒いでいるが、自身を囲むたくさんのデザートの処理に追われているために、端の俺たちのことは目に入っていないようだ。


「会長、もしかして甘いもの苦手でした?」
「…いや、好きだ」


俺も好きです。そんな返事にスプーンを持つ手が強張ったり、宮野の杏仁豆腐を一口もらったり、どうにも落ち着かない。
こういう時は会話をするに限る。


「そういえば、おまえにも親衛隊があったんだな。知らなかった」


確かに宮野の顔はいい。サラサラの黒髪に、同じ色の瞳。派手ではないが、決して地味なわけでもない。浴衣とかが似合いそうだ。


「でしょうね。俺も未だに信じ難いですもん」
「…もん、とか言うなバカ」
「何か理不尽ですよ会長。あ、そういえば会長のところの隊長さん、超美人ですよね。俺様会長×健気隊長…あー、いいですね。萌えます」


だが、問題は中身だ。いくら慣れたと言っても、やはりこいつは変人だ。皆外見に騙されてるんだ。


「藤波(ふじなみ)のことか?まあ、一応俺のセフ、…あ、」
「すでにそういう関係でしたか…ということは会長×健気隊長は見放題ですね」


表情筋が硬直したような気がした。まぎれもなく、失言だった。これは言うべきではなかったと、どういう訳かそう思った。

宮野の様子を窺えば、杏仁豆腐の最後の一口を味わっているだけで特に表情に変化はない。本心も思考も読めない。
こいつにとっては、俺にセフレがいようがいまいがどうでもいいのだろうか。

安心したのと同時に、胸が苦しくなった。痛みを伴うような感覚は、気のせいだと思い込むには無理があった。

それからは、どうやって宮野と別れたか覚えていない。さっきの場面ばかりが頭を駆け巡って、もう意味がわからなくなった。


そして、俺は風紀室の前に立っていた。名乗れば、室内にいた風紀委員がおずおずと扉を開ける。


「…あいつに東条様が来てやったと伝えろ」
「は、はいっ」
「全く…相変わらずのようだな、その態度は」


威圧感を含む声。こんなお堅い話し方をする奴は一人しかいない。

インテリ眼鏡のこの男こそ、泣く子も黙る風紀委員長の富永蓮(とみなが れん)である。ついでに言えば、俺はこいつが嫌いだ。まあ、その理由は追々わかってくるだろう。


「宮野環…2年Sクラス、成績優秀…ほぉ?親衛隊持ちか」
「なん、だよ…いきなり…」
「貴様が最近目をかけているらしいとの報告が来たため調べさせた。…が、宮野はどちらかというとタチだな。よって貴様の許容範囲外…違うか?」
「なんでお前はすぐそっちに話を持っていくんだよ。本当そういうところ嫌いだ」


富永はこういう理論的な人間だ。俺とはもともと馬が合わない。


「で、どうなんだ。許容範囲外か、内か」
「俺が好きなのは空だ」
「転校生への告白などどうでもいい。俺は宮野のことを訊いたはずだ」
「…お前本当むかつく奴だな。とりあえず親衛隊持ちの生徒のデータを出せ」
「珍しくここに足を運んだかと思えば、要件はそれか?何に使うんだ。言っておくが、私用だ、などという意見は認めない」
「……私用だ」
「認めないって言っただろう」


呆れ顔の富永。結局無理言ってデータを出してもら、…間違えた。データを出させた。俺の権力を駆使してな。


「…で、なんで宮野の分しかねえんだよ…」
「貴様に必要なのはこれだけだろう?」


こいつのこの顔が一番嫌いだ。何だ、そのドヤ顔は。と言ってやりたいが、まずはデータに目を通そう。俺はいつだって冷静でいたい男だ。


親衛隊が正式に発足した場合、この学園ではその隊員名簿などが風紀委員会に提出されることになっている。
先ほど俺が富永から受けとったデータというのは、その名簿をさらに風紀委員会が独自に調査し、親衛隊ごとの特色などをまとめたものである。


(見た感じ規模はそれほど大きくない、か…)


だが、思っていたよりも空手部や柔道部といったゴツめの生徒の割合が多い。こいつらは所謂タチだろう。
だから、宮野はどちらのランキングにも入ってるのだろうか。
そんな俺の考えを補足するように、富永が説明する。


「…宮野の親衛隊は比較的穏健派が多い。ただ、あの無表情を快感で乱してやりたいと考える馬鹿もいるにはいるらしいな」
「…は、くだらねぇ…」
「まあ、小柄な男が夜の相手である貴様には、到底理解できないだろうが」
「っ、…用は済んだ、帰る」


また、だ。嫌な気分だ。今日は厄日かもしれない。
風紀室をあとにして、どこに向かうわけでもなく歩いた。


セフレ。夜の相手。
その存在に、今まで何の疑問も抱いていなかった。求められるから応えていた。

ただ、それだけだったのに。
あいつはこんな俺を軽蔑するだろうか。そう考えると、もう駄目だった。


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(杏仁豆腐食べてたら中華料理食べたくなってきました)
(おい、中華は甘くないぞ)
(俺、辛いのも好きなんです)
(…結局うまけりゃ何でもいいのか)
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