言ったが最後
※R18

吐き出す息で絶えず白く染まる窓ガラス。
しがみつこうと爪を立てても滑らかな平面がカリカリと鳴るだけで、後ろからまわされた腕の支えがあって初めてようやく立っていられるような状態だった。
突き上げられ続けて常に視界が揺らぎ、腰から下はすでに崩れ落ちそうなほど力が抜けてしまっている。

「先輩っ先輩っ…好き…っ」
「…んっ、んうぅっ」
「は……また締まった…」

意思に反して収縮を繰り返す後ろは、冗談抜きで俺の感情に直結しているように思う。
取り繕うこともできずに内側まで暴かれてしまうのは、この男との会話と同じだった。
気持ちごとぶつけてくるような腰の打ち付け方に、受け止める体の奥が震えて、知らない間にどんどん溶かされていく。

「……先輩、俺に好きって言われるの好きですよね」

ぎゅう、と心臓まで掴まれたような感覚だった。

こいつは馬鹿だ。
自分の気持ちさえまともに吐き出せない俺が、そんなことを答えられるわけがないとわかっているはずなのに。
けれど、口で言い返すより先に尻がきゅんと反応する。
あ、と声が漏れたのはどちらの口からだっただろうか。

「ふは…、嬉しい」
「っ…何も言ってねぇだろ、くそ…っ」
「でも、否定もしなかった」

耳元で囁く声に、そのまま「ありがとうございます」と感謝までされて、決してそういうつもりではなかったのに、何も言えなくなってしまう。

こいつのこういうところが嫌いだ。
ありがとうも、好きも、素直に口にできてしまうところが、たまらなく気に入らなくて、たまらなくうらやましい。
俺には難しいことをさらっとやってのけるから、だから、認めたくはなかった。

「はっ……すっげぇ興奮する……」

後ろから抱き寄せられて、これまででも十分近かった距離が、もはやゼロになった。
背中に伝わってくる鼓動に同調するように、勝手に速まる己の鼓動が体に響く。
このままでは聞こえてしまう、と焦る俺の気持ちなんて知りもしないで、うなじに鼻を擦り付けた男は、そのまますんすんと鼻を鳴らした。

「……あ、あ…」

いち早く変化に気づいた腰が、びくりと跳ねる。
深いところで体を共有しているからこそ知られてしまうこともあれば、逆もまた然りだった。

「っも…でかくすんなぁ…っ」

考えないようにしようとしたところで、わかってしまうのだからもうどうしようもない。
内側からみちみちと広げられるような、無理やり形を知らされるような、無視できない存在感に体が侵食されていく。

(なんでこいつ、こんな興奮して……っ)

中がいっぱいで苦しい。
届くところすべてをその熱で溶かしていくような、圧倒的な質量。
もうこれ以上はないだろうと、やっとの思いで受け入れたというのに、まだ、だなんて。

今日に至るまで何度となく体を重ねて、ようやく挿れられることに慣れてきたところだった。
感じるところも感じるようになったところもすべて知られてしまった上での行為は体に毒で、これっきりだと、毎回そう思うのに、どうしてかうまくいかない。
初めて体を開かれた夜も、強引なのにどこか優しくて、ただまっすぐに気持ちを伝えてくる目から逃げられなかった。
きっと、この男の本質がそうさせるのだろう。

(……あつい……)

冷たさを求めて窓に手をつくと、少しずつ理性を取り戻していくように視界が広がった。

見下ろす道路を車のライトが行き交う。
俺たちがこうしている間に、何台の車が眼下を通り過ぎていっただろうか。
向かいのビルには相変わらずまだ仕事に励む人がいるようで、夜闇のなかでその空間だけが明るく浮かび上がって見えた。

「……っ」

誰も見ていない。見ているわけがない。
よくあるビルの、なんてことのない階の、その一角。
こちらから向こうだって見えていないんだ、大丈夫、大丈夫だ。
冷静にそう考えていられたのも最初のうちだけで、透明なガラスでは何も隠せない事実に頭が羞恥でいっぱいになった。
おまけに、明瞭ではないにせよ窓ガラスが鏡のような役割まで果たしていて、背中の向こうの、本来なら見えもしない欲情しきった男の顔に、思わず腰をぶるりと震わせてしまう。

(…普段は人畜無害そうな顔してんのに…こんな…)

まさしく、釘付け、だった。
一度見てしまうともう目を離せなくて、視覚からも感じているかのような感覚に陥る。
ひくん、ひくん、と自分でもわかるくらいに後ろがせわしなく疼いて、溢れ出す声を止められない。

「はっ……あ、あっ」
「っあーー…もう、先輩…!」

ずん、と一気に腰を打ち付けられて、窓ガラスに頭をぶつけた。
突然の刺激が脳を揺さぶる。

「っひ…、深、いっ」
「そんな顔、するから……っ」

俺が背後の様子をうかがえるのと同じように、背後からだってガラス越しに俺を見ることができるのだ。
そんな当たり前のことを、激しく揺さぶられながら思い出す。
打ち付けた頭の痛みなんて吹き飛ぶほど、素の自分を見られたことが恥ずかしくて顔を隠した。

「奥っ、やっ、あぁっ」

いくら中を閉ざそうと、そのたびに熱い先端が押し開くように奥まで突き上げてきて、少しの隙間もなく擦れ合う刺激がびりびりと背骨を駆け上がっていく。
ささやかな抵抗はすべて、快感で返された。

(…これ……やばいって……)

じわりと涙の膜が張って、外の明かりが滲む。
気持ちがいい、たまらなく、気持ちがいい。

「もしかして先輩、鏡プレイ好きだったり…」
「んなわけ、っあ、やだ…っ足持ち上げんな…!」

窓の外が気になって仕方がない。
決して階層の低いビルではないが、だからといって外に向かって平気で体を晒せるほど心は強くない。
膝裏から掬われるように抱え上げられた右足が、後ろを突かれるたびに視界の端で跳ねる。
一本だけでこの体を支えることとなった左足はがくがくと震え、悔しいが支えなしでは立っていられなかった。

(この……好き勝手やりやがって…っ!)

かくん、と膝が崩れるたびに、体を立て直すように下から突き上げられる。
それを繰り返されて、しっかり立っていなくてはまた、と不安のような期待のような得体の知れない胸騒ぎが止まらなかった。

「それなら次はちゃんと鏡の前でしましょうか」
「するか、ばか…ぁっ」

次なんてない。また、なんて、ない。
首を横に振るも、どうせ俺の意見なんて聞いてはいないのだろう。
決まりだとでも言うように上機嫌で耳裏を舐める舌が熱くて、視界がチカチカと瞬く。
とん、とん、と最奥を先端で解しながらまだ奥に進んでいこうとする腰の動きに、頭のてっぺんからつま先まで溶かされて、震える指先で何度も窓ガラスを引っ掻いた。

「そんな、奥までしたら…っあ、だめ、だって…ば、っ」
「んっ…先輩…っ、中、出します…先輩の中っ…いいですか?出しても……っ」
「話…っ、聞け…!」

好き、好き、と耳元で繰り返されながらどんどん追い詰められていく。
性懲りもなくまた勝手に締まる後ろを制御しきれずに、密着したそこをひたすらに擦られてしまえばもうなす術もない。
耳を犯す「好き」にどう足掻いても体が反応して、変な癖がついてしまいそうだった。

「せんぱ……っ、好き、です…、好き、っ」
「ん…っ、んっあっ、も、わかっ……は、っいく…いく…からぁっ」

白く染まる視界のなか、体を抱く腕の強さだけが鮮明に残っていた。


こいつは俺を好きだと言う。
けれど、それは雛鳥が最初に見た存在を親鳥と認識することと同じなのではないかと俺は思うのだ。
入社一年目でまだ右も左もわからない頃、一番頼ることができたのが俺で、一番近かったのも俺だった。
それが俺以外の誰かならば、その誰かに同じように助けられていたならば、こんなに面倒な性格の俺に対して好きだなんて思うことはなかったのではないだろうか。
本人が気づいていないだけで、こちらに向ける感情を恋だと勘違いをしているのではないだろうか。

(……もしそうなら、俺は……)


熱い飛沫で奥が何度も濡らされて、別のところに飛んでいた意識を呼び戻される。
気づいたら俺自身も達してしまっていて、ぶるぶる震えながら窓に飛び散った白濁を見下した。
透明なそこに伝う粘液が、ここであったことが現実だと告げている。
汚した窓は絶対こいつに掃除させよう、絶対。

「は……っんぁ……」

ゆっくりと中のものを引き抜かれる。
まだ余韻に震える内側を擦られたことで、思わず声が漏れ出た。

残業組が揃いも揃って職場で一体何をやっているんだろうか。
こんなことをするために残っていたわけではないというのに。
普段働くオフィスの片隅で、こんな…というところまで考え、これ以上思い出してしまわないように頭を振った。





窓ガラスを掃除する男を複雑な心境で見ていると、ふいに心底残念そうな顔がこちらに向けられた。
責めるような色のそれと目が合う。

「はー……流されやすいくせに、先輩ってばなかなか好きって言ってくれませんね」
「なっ、俺は別に流されやすくなんか、」

ない、と断言できずに口ごもる。
そんな俺を見て、奴は宣言した。

「いいです、今度は絶対言わせますから」

とんでもない爆弾を落としたと思えば、こちらの返答なんて待たずに再び窓に向き合う。
先ほどまでとは一転して、楽しみだなぁと声を弾ませている後ろ姿を呆然と見つめていた俺だったが、はっとしてその背中を睨んだ。

「…っ、調子に乗んな!今度なんてねぇよ!」

言葉を投げつけるも、どうだか、なんて肩を揺らしながら笑うから、こちらも引くに引けない。
俺だって絶対言ってやるものか、と強く思った夜だった。



言ったが最後、
"好き"が溢れて止まらない



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ツンデレ受け企画第一弾でした!

(2015/10/27)

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