語らい
蜜璃さんが最終選別を突破したとの知らせを受け、朝から千寿郎くんとご馳走を用意するためにバタバタだった。 蜜璃さんはボロボロになりながらも真っ直ぐ煉獄家に帰ってきてくれて、涙を流して私達に抱きついてきた。そんな姿を見て、本当に無事で良かった、と嬉しさが込み上げた。 先に湯浴みを済ませてもらい、蜜璃さんの最終選別突破のお祝いをした。大量に用意したご馳走はあっという間に無くなって、蜜璃さんはそのまま居間で寝てしまった。 無防備な寝顔すら可愛らしくて思わず笑みが溢れる。そっと羽織りをかけると、蜜璃さんはへらりと笑った。どんな夢を見ているんだろう。 「寝てしまいましたね」 「最終選別は七日に渡るからな、相当疲れただろう。しばらくこのまま寝かせて、起きなければ後で布団に運んでやろう」 「そうですね。こんなに気持ち良さそうに寝ていると、起こすのも忍びないですしね」 鬼殺隊は刀が支給されたらすぐに任務に当たるようになるらしい。それまで二週間ほど。支給されたら、蜜璃さんも杏寿郎さんと同じように任務へと出られる。今が一番ゆっくりできるんだ。蜜璃さんの寝顔を見ながら、この先もどうか無事で、と願った。 私は蜜璃さんの側を後にして、箱膳に食事を載せて廊下を歩いた。 トン、トン 「お父様、お食事をお持ちしました。失礼します」 そっと襖を開けると、寝そべったままこちらに背中を向けるお父様。相変わらず返事は無い。 お父様は更に酒の量が増えた。任務にも行かない日が増えたようにも思う。厠や湯浴み、酒を買いに行く以外で部屋から出ることも無くなってしまった。 一応、蜜璃さんのお祝いの件もお声掛けはしたが、案の定来られなかった。取り分けておいた食事を箱膳に載せて、お父様の後ろへと置く。お味噌汁はもちろん、しじみのお味噌汁。 「…お父様、食べられる分で構いませんから、召し上がってくださいね」 「…」 「…失礼します」 「…あの娘は、」 「え?」 「…あの娘は、無事だったのか」 初めて、お父様から返事が返ってきた。 顔は見えず、声色からも感情は読み取れない。それでも、お父様と言葉を交わせたことが嬉しかった。 「ええ、大きな怪我も無く、無事に帰って来られました。この半年間、蜜璃さんも含め、杏寿郎さんも千寿郎くんも、本当に頑張っていました」 「…」 「今日のこの食事も、千寿郎くんが頑張って作ってくれたんです。召し上がっていただけると嬉しいです」 「…」 「今日はお父様とお話ができて大変嬉しいです。ありがとうございます。…では、失礼します」 そっと襖を閉めて、部屋を後にした。 お父様からはたった一言しか言葉を聞くことはできなかったが、それでも、この一年全くと言っていいほど会話が無かったことを考えるとすごく前に進んだ気がする。食事、全部食べて下さると嬉しいな。お父様の部屋から戻る足取りは軽かった。 それから、全く起きる気配の無い蜜璃さんを杏寿郎さんが部屋へと運び、私と千寿郎くんで片付けをしていく。 杏寿郎さんは日暮れからまた任務だ。それまでに、隊服や軽食を用意しておかないと。 縁側に腰掛ける杏寿郎さんに声を掛けた。 「杏寿郎さん、日暮れまでまだ時間がありますから、杏寿郎さんも休んできてください。起こしに行きますから」 「大丈夫だ!俺達鬼殺隊は、呼吸によってある程度の疲労回復ができる!心配には及ばない!」 「…分かりました。ではお茶を煎れてきますね」 「ああ!頼む!」 口角をきゅっと上げた杏寿郎さんに、私も笑い返した。再度厨に戻り、お茶の用意をして杏寿郎さんの隣に座る。急須を傾けながら、杏寿郎さんに言った。 「そういえば先程、お父様と少しだけお話しました」 「本当か!」 「ええ、蜜璃さんの無事を尋ねられました。大きな怪我も無く無事だったことと、蜜璃さんも杏寿郎さんも千寿郎くんも、とても頑張っていましたとお伝えしました」 「そうか、父上も気にされていたのだな」 「今日のお祝いにも一応お声掛けはしたのですが…先程と同じ食事をお出ししておきました。千寿郎くんが頑張って作ったので、全部召し上がっていただけると嬉しいのですが」 「…君もだろう?」 「え?」 言葉を遮られた。杏寿郎さんは、真面目な顔で私を見つめている。その真っ直ぐな視線に、射抜かれるような感覚に陥る。 「桜も、甘露寺の最終選別への鍛錬に協力してくれた。今日の食事だってそうだ。君だって千寿郎と一緒に用意をしてくれた。元はと言えば桜が千寿郎に料理を教えてくれたから、千寿郎も料理ができるようになったんだ。俺達のことを褒めてくれるのは嬉しい。しかし、桜も十分頑張っている。もっと胸を張るといい」 杏寿郎さんは、口角を上げて力強く言った。この人は、私の思わぬところで私の欲しい言葉をくれる。 「それに、父上も君を気にされていると見た!何よりだ!今はあのようになってしまったが、どうかこれからもよろしく頼む」 「…勿論です」 温かいお茶の入った湯呑みを握る。温かいのは、指先だけでは無かった。
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