藤の瞳


「ふぅ…」


洗濯物を干して、枯葉を箒で集め、少し息を吐く。
数枚しかない洗濯物を眺めては、ふるりと唇が揺れた。



鬼に遭遇したあの日から一年。私は十五になった。
一人で住むには大きすぎる家に、溜息ばかりが溢れる。


一年前に襲われた家は、八年前に亡くなった母が生前働いていた料亭の住み込み部屋だった。割と敷居の高い料亭のものだったので、住み込み部屋はそこそこに大きかった。母の死後、私は入れ替わるようにそこで働くことになった。母の生前、一緒に働いていた姐様達はとても私に良くしてくれて、夜に働く時はそこで寝泊まりをさせてもらっていた。いっそ一緒に住みましょうよ、といつも優しく声を掛けてくださったのを今でも覚えている。
姐様達と仕事は、天涯孤独になった私の心の支えだった。

襲われたあの日から経営が困難になり、料亭は無くなってしまった。風の噂で、姐様達は盗賊に襲われたという体で"ただの事件"として処理されたらしい。やるせない。思い出しただけでも涙が溢れる。


貯金を切り崩しながら、日雇いで家政婦のようなことをしながら何とかこの一年は生活してきたが、母との思い出が詰まったこの家も一人では持て余してしまう。手放してしまった方がいいのだろうか。街に出て住み込みの仕事を見つけた方がいいのだろうか。


考えがいつも頭の中を回っては消え、回っては消え。はぁ。溜息ばかりが口をついて出る。

そんなことばかりを考えているものだから、門の前にいる女性に全く気付かなかった。



「こんにちは。御嶽様でしょうか?」

「っ!は、はい、」

「突然お訪ねして申し訳ありません」



振り返ると、白い髪に大きな瞳の美しい女性が立っていた。吸い込まれるような深い藤色の瞳に、思わず息を飲む。珊瑚朱色の上品な着物を着ており、女性にとても似合っている。こんなに印象的な女性は一度会ったら忘れないとは思うのだが、会った記憶がない。



「あの、どちら様でしょうか…?」

「申し遅れました。私、鬼殺隊当主、産屋敷耀哉の妻のあまねと申します」

「産屋敷…」

「先代、鳴柱のお孫様でいらっしゃる桜様でお間違いないでしょうか?」

「はい…」

「突然お訪ねして不躾なお願いと存じますが、少しお時間をいただけますでしょうか?」

「は、はい。そういうことでしたら、どうぞ」


女性、産屋敷あまね様は礼儀正しく頭を下げ、私の後に続いて家に上がった。





* * * * *





「すみません、こんなものしかご用意がなくて…」

「ありがとうございます。連絡も無しに訪れてしまいましたので、本当にお気遣いなく」

「はぁ…それで、鬼殺隊当主の奥方がわざわざいらした理由というのは…この屋敷のことでしょうか?」



私はお茶とお茶請けの漬物をあまね様の前に出して、気まずく切り出した。
この屋敷は私の祖父が鬼殺隊の柱になってから与えられた屋敷だという。祖父が亡くなった後も現在に至るまでここに住んでいるが、いつかは返すことになるとは思っていた。



「大変申し上げにくいのですが、鬼殺隊では現在柱を増やしております。…桜様はお一人だとお伺いしております。私共もでき得る限りご支援をさせていただきます。今すぐにという訳ではありません。何卒ご検討いただければ幸いでございます」

「い、いえ!そんな、頭をお上げください!…そもそも私自身は鬼殺隊ではないですし、いつかこの日が来ると思っていました。ちょうど、住み込みで働ける場所を探そうと思っていたところなんです。まずは自分で探してみようと思います」



頭を下げるあまね様に思わず声が大きくなってしまう。まだ住み込みで働ける場所なんて探してもいないのに、口先だけがペラペラと回る。あぁ、この先の生活はどうしよう。そんなことを考えていると、あまね様は頭を上げてその大きな瞳で私を見た。



「…時に桜様、お見合いをされる気はありますでしょうか」

「…へ?お見合い?」



突然飛び出してきた単語におうむ返しをすることが精一杯だった。お見合い、と言った?私はまだ十五だ、お見合いするには少し早い。というか、なぜお見合い?



「産屋敷家に代々柱として仕えている剣士の名家がございます。その後継ぎとなる御子息が、昨年鬼殺隊に入隊致しました。もし桜様が宜しければ、その御子息と一度お会いしていただけませんでしょうか?」

「で、でも、名家の御子息と私では釣り合いが…それに私はまだ十五ですし…」

「失礼ながら、桜様の過去を少し調べさせていただきました。貴女様は教養もあるようですし、身分と致しましても鳴柱のお孫様ですので何も問題ありません。お相手の御子息は十六で、桜様と年齢も近いです。今すぐ婚姻をするという話でもございませんし、勿論、強要も致しません。一度会うだけでも構いません。こちらも併せてご検討いただけると幸いでございます」



あまね様は再度頭を下げた。急な話が次々と舞い込んできて頭が追い付かない。
どの道、この屋敷は手放さなければならない。天涯孤独の私では、こんな見合い話もこの先来ることは無いだろう。それに、会うだけでも構わない、とあまね様は仰った。一度会ってみて、仕事を探すのはその後でも遅くないのかもしれない。



この時、なぜこんな思考回路になったのか今でも分からない。
でも、会わないといけない気がした。



「…先方が宜しいのであれば、一度お会いしてもよろしいでしょうか」



運命が、大きく変わっていく。







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