焼き餅


祝言前日の昼下がり、襖を取り払い大きく部屋を開けたそこには酒と賑わいがあった。
宇髄や甘露寺、他の柱など、都合のつく人間のみを呼んで小さな宴会を開いた。そこには桜の姿は無い。彼女は今頃、女将殿に着付けをしてもらっている最中だろう。
俺はまだ十八だからと断りを入れたのだが、宇髄にしつこく勧められほんの少し酒を飲んだ。正月くらいにしか飲まない酒はあまり美味いとは感じなかった。鬼殺隊に身を置いているとこのような場はまず無いせいか、各々が楽しんでいるようでこちらとしても嬉しい限りだ。


暫くして、障子の向こうから声がした。桜の声だ。ゆっくりと開けられたそこに居た桜の姿に、俺は息を飲んだ。



「失礼致します。本日皆様のお相手を務めさせていただきます、桜と申します。どうぞよしなにお願い致します」



髪は元々の艶を活かして綺麗な日本髪が結われ、金の櫛や簪、赤いちりめんの布が控えめに覗いており、見合いの時とはまた違う印象を受ける。その中には、俺が以前贈った平打簪もあった。
赤い帯締めと対照的な瑠璃色の着物は、十七の桜を大人の女性へと引き上げている。対照的な色合いを、金がかかった黄色の帯が繋いでいるようだ。顔や首、うなじは白塗りで目元と唇のみに紅が引かれ、色気が滲んでいる。

横で宇髄が何か言っているようだが耳には入らなかった。
綺麗だ。
素直にそう思った。



桜は各々の席を回り、お酌をしている。ぼーっとその様を眺める。綺麗な所作で酒を注ぐ姿は、いつも茶を煎れてくれる時と変わらないはずなのに、同じ人物とは思えなかった。
目の前に来た桜は「杏寿郎さん、もしかして酔ってますか?」と言いながらお猪口に酒を注ぐ。横に居る宇髄は何かを言って笑っているようだが、自分が桜に何と返事をしたか覚えていないくらいには見惚れてしまった。


そうして酒が進んだ後、女将殿が三味線を弾き桜が舞踊を見せた。扇を翻しながら滑らかに舞う姿は色香を醸し出し、時折見せる流し目に射抜かれる。足を挫いたのをきっかけに舞踊を辞めたと言っていたのが嘘のようだ。その場に居る皆が酒や食事を楽しみながら桜の舞踊を静かに見ている。堂々と舞うその姿は、半玉などでは無く立派な芸者だった。



「初めて見た時は地味な奴だと思ったが、中々に派手ないい女じゃねえか」



宇髄が酒を煽りながら静かに言う。
ああ、本当に、いい女だ。



舞踊が終わり、各々が桜と座敷遊びに興じ、夕方に差し掛かる前に宴会はお開きとなった。
玄関で皆を見送り、女将殿と片付けに行った桜に代わって俺が千寿郎と食器の片付けをしていく。暫くして女将殿も屋敷を後にし、桜がぱたぱたと音を立てて戻ってきた。



「すみません、片付けていただいて。後は私がやります」

「いや、桜は休んでくれ。疲れただろう」

「いえ、大丈夫です。代わります」



頑なに休もうとしない桜に、千寿郎が笑って間に入った。



「桜さん、お疲れ様でした。芸事は初めて見ましたがとても綺麗でした。明日は大切な日ですし、二人でゆっくり湯浴みにでも行ってきてください。後の片付けは僕一人でもできます」

「でも、」

「本当に大丈夫ですから、僕に任せてください。…姉上」



照れるように"姉上"と呼んだ千寿郎に目を大きく開いた桜は、とびきりの優しい笑顔で、ありがとう、と言った。






* * * * *






杏寿郎さんと銭湯に向かう頃には随分と陽が傾いていた。日没前の薄明かりの空は夕陽と夜空が溶け込むように合わさって美しい。その美しさに思わず溜息が漏れた。



「杏寿郎さん、今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」

「…桜、俺はとても小さい人間だ」



横を歩いていた杏寿郎さんが足を止めた。それに気付いて、私も足を止めて振り向く。真っ直ぐ私を見つめる杏寿郎さんの顔の半分だけが夕陽の色に染まっていた。そのまま溶けて無くなってしまいそうな、不思議な感覚に陥る。



「君が舞う姿を見て俺は最低なことを考えてしまった。君が足を挫いて、店が無くなって、良かったなどと思ってしまった。君が誰かに見初められていたかもしれないと思うと、どうにかなりそうだ」



杏寿郎さんは視線を逸らさずに言う。私に対して、真剣な顔で、真っ直ぐな愛を紡いでいる。



「そのままの桜も素敵だが、今の桜は一等美しい。きっと、明日の祝言ではより美しいだろう。俺は君を妻として迎えることができて幸せだ」



あまりにも真っ直ぐな言葉に、涙を堪えることができない。杏寿郎さんは優しく笑い、私の肩を抱き寄せた。



「杏寿郎さん、白粉が、付いてしまいます」

「構わん」



優しくも力強いその手は私を包んでくれている。その唇が私に愛を伝えてくれている。明日、私はこの人の妻になる。



「…俺は自分が思っている以上に嫉妬深いようだ。誰にでも分け隔てなく愛想の良い君に、いい気がしない時もある。優しくしたいと思う反面、俺以外のことを考える余裕がないくらい、俺でいっぱいにしたいとも思う。
…こんなこと、祝言を明日に控えて言うことでは無いな。幻滅したか?」

「…幻滅なんて、する訳がありません…私も同じ思いです…」



今の私は、白粉が役目を果たしているか分からないくらい顔が赤いだろう。すっかり暗くなった夜空が私達を隠して、ひんやりとした風が頬を撫でる。涙が伝ったところだけが、寒さをより主張していた。口を合わせると、紅が杏寿郎さんの唇に移って何とも扇情的で、悪いことをしている気になってしまう。お互いにそう思ったのか、目を逸らして銭湯へと歩いた。歩きながら、杏寿郎さんは私の手を握った。夜風は冷たくて少し寒いくらいなのに、杏寿郎さんの熱い掌は少し汗ばんでいる。きっとお酒の所為、だけでは無いだろう。緊張しているのは私だけでは無い。そう思うと、少し口元が綻んだ。



翌日、私達は夫婦になった。







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