夢の話


杏寿郎さんが炎柱を拝命する日、柱合会議という柱の方々が集まる会議の後に祝言を挙げることになった。
私は日中の家事の合間を縫って贔屓の呉服屋に通い、花嫁衣装を仕立ててもらっている。いつも優しく出迎えてくれる女将さんは、いつの日かの母を思わせた。


呉服屋からの帰り道、煉獄家の門に一人の男性が立っていた。身に纏う服は見慣れた鬼殺隊の隊服。六尺は優に超えているその男性は、まじまじと門を眺めていた。



「…あの、何か御用でしょうか?」

「ん?誰だお前は」

「あ、え、っと…」



質問を質問で返されて、答えが詰まる。男性は腰を折り、顔をずいっと近付けてこられた。目鼻立ちがはっきりしており非常に整った顔立ちで、思わず身を引いてしまう。目の化粧、変わった飾り、透き通る髪色。誰もが目を引く出立ちをしている。美丈夫、という言葉はこういう方に使うのだろう。穴が空くほど見つめられて、思わず目を逸らす。



「…お前が煉獄の嫁か?案外地味だな」

「じ、地味…?失礼ですが、貴方は…」

「ああ、俺は鬼殺隊音柱の宇髄天元だ。ま、見舞いがてら一足先に祝いを持ってきたってとこだ。煉獄の嫁も一目見てみたかったしな」

「あ、そうでしたか…ではお部屋にご案内します。こちらにどうぞ」



宇髄様を屋敷に案内して、杏寿郎さんの部屋まで向かう。声を掛けて襖を開けると、杏寿郎さんはいつものように指南書を読んでいたところだった。



「君は、柱合会議に居た…」

「よぉ、派手にやられてんじゃねぇか煉獄。おら、柱就任と結婚の前祝いだ」

「申し訳ないが、俺はまだ飲める年ではない!」

「硬ぇこと言うな。持っとけ」



二人分のお茶を用意しに、部屋を後にして厨へと向かう。会話からして親しい間柄ではないようだったが、柱ということは祝言の時にいらしてくださるのだろう。お茶と茶菓子をお盆に載せ、部屋へと戻る。宇髄様と杏寿郎さんは何やら仕事の話をしているようだった。邪魔をしないように、そっとお茶を煎れて茶菓子を準備する。宇髄様の前にお出しすると、またじろりと見られた。さながら品定めをされているような目に、またたじろいでしまう。



「お前、名前は何て言うんだ」

「申し遅れました、御嶽桜と申します。今後ともどうぞよろしくお願いします」

「あーあー、硬っ苦しいんだよ。桜な。覚えとくわ」

「宇髄!そう言ってくれるな!桜も緊張するだろう!」

「そりゃ悪かったな。つかお前ももうじき煉獄の姓になるんだろ」



ずず、と音を立ててお茶を啜る宇髄様は相変わらず私をじっと見つめている。見れば見るほど美丈夫なお方だ。杏寿郎さんの分のお茶を煎れて茶菓子を用意していると、宇髄様がまた口を開いた。



「…お前、やけに所作が綺麗だな。何かやってたのか?」

「こちらに来るまで料亭で働いておりました。その所為かと。ありがとうございます」

「何て店だ?」

「今はもう無くなってしまったのですが…新橋にあった"越川"という料亭です」

「越川…?」

「ご存知ですか?」



宇髄様が湯呑みを持ったまま固まる。大きな真紅の目は色味が深くて綺麗だ。そんなことを思っていたら、宇髄様の口角がゆるりと上がった。



「へぇ…面白ぇじゃねぇか。芸者だったのかよ」

「…芸者?」



杏寿郎さんが宇髄様に聞き返す。訝しげな顔で宇髄様と私を交互に見遣る杏寿郎さんに、何やら誤解をされていそうな気がした。



「え、あ、違いますよ?確かにお稽古はしていましたが、稽古中に足を挫いたのをきっかけにその道は諦めました」

「ほぉ、足挫いたくらいで?」

「そこの姐様達に、足は繰り返すと癖になるから舞踊は辞めなさいと言われたんです。三味線や琴などのお稽古は続けていましたが…店は十四の時に潰れたので、お座敷に上がったことはありません」



確かに、足を挫いたくらいで芸者の道を諦めさせるようなことは普通言われないだろう。前借金がある訳でも無い私は芸者の道を強制されることは無く、母を亡くしたという事情を汲んでくださっていた姐様達は過保護なくらい私のことを大切にしてくれた。きっと母が随分と姐様達に慕われていたのだと思う。



「ふぅん、通りでな。茶ひとつ煎れんのも、見てると花街で酌してもらってるような気分だったからよ」

「それは言い過ぎですよ、結局は半玉のままでしたから」

「なら舞踊や楽器は今でもできんのか?」

「もう随分とやっていませんが…何度も練習しましたから、一応は」

「面白ぇじゃねぇか。今度見せてくれよ」

「そ、それは流石に…もう長いこと稽古してませんから、何を取っても未熟ですし…」

「客から金取る訳じゃねぇんだ。派手に盛り上げてくれよ」

「で、ですが…」

「ま、期待しとくわ。なら俺はそろそろ。煉獄、養生しろよ」



そう言うと、宇髄様は部屋を出られた。見送りをしようと立ち上がると、ここでいいと制される。宇髄様が出られて振り返ると、杏寿郎さんの真っ直ぐな目が私を映していた。



「…初耳だったな。芸者を志していたとは」

「隠していた訳では無いんです。座敷に上がったことが無いのは事実ですし、取り立てて言うことでも無いと思って…お世話になっていた姐様達が芸者でしたので、自然と私もそれに倣っていただけです」



宇髄様にお出しした湯呑みと茶菓子のお皿を片付けながら話す。もう一度杏寿郎さんを見ると、変わらず真っ直ぐ見つめられている。杏寿郎さん?と名前を呼ぶと、杏寿郎さんは自嘲気味にふっと笑った。



「すまない。何だか妬けてしまってな」

「…え?」

「結果的に座敷に上がらなかったとはいえ、何事も無ければ上がっていたのだろう?そう思うと少々複雑だ。君の過去のことをとやかく言える立場では無いのに、子供のようで不甲斐ない」



いつも余裕のある杏寿郎さんが、妬ける、と言った。その一言で私は余裕を無くす。たった一言でこんなにも心の中が忙しいのだから、きっと芸者はそもそも向かなかっただろう。



「桜の芸事は俺も見てみたいな。どうだろう、我が家のみで内々に見せてくれないか」

「きょ、杏寿郎さんまで…」

「祝言の前日にでも、周りの呼べる人間のみ呼んで。呉服屋の女将殿に言えば身の回りのことは何とかなるだろう」

「でも…」

「芸事、好きだったのだろう?その話をしている時の桜の目は輝いて見えた。婚前であれば一度くらい良いだろう。勿論、桜が良ければだが」



優しく微笑んでそう言う杏寿郎さんには、私の心が透けて見えているのではと思った。正直なところ、芸事は好きだった。大好きな姐様達に一から教えてもらった舞踊も三味線も、琴もお太鼓も。教えてもらったことは今でも鮮明に覚えている。店が無くなってからはもう芸事とは縁も無いと思っていたのに、杏寿郎さんは私にお座敷に上がる場を作ると言ってくれている。嫁として迎える人間に、だ。



「…ありがとうございます。では一度だけ、お座敷に上がらせていただきます」

「うむ、楽しみにしている。女将殿には俺から手紙を出そう」

「あ…着物と髪飾りでしたら、持っているんです。姐様から戴いたものがひとつだけ。どうしても捨てられなくて。それを使ってもいいですか?

「勿論だ。他に必要なものがあれば今日中に言ってくれ」

「分かりました」



桜、こっちに。
そう言われ近付くと、杏寿郎さんは私を腕の中に収めた。温かい腕の中で静かにゆっくりと深呼吸をする。胸に頭を預けると、規則的に聞こえる心音が心地良くて目を閉じた。ふわふわとした髪が頬を掠める。閉じていた瞼に唇が触れた。それを皮切りに、吸い寄せられるように唇同士が合わさる。これを幸せと呼ばずして何と呼ぶのだろう。火傷しそうなくらい熱い唇に触れながら、ぼんやりとそう思った。







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