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おほしさま


「あ、一番星」

「え、どこどこ?」

「ほら、あの山のてっぺんのところ」

「ほんとだ、小さいね」


ふたりでこっそり部屋を抜け出して、屋根に上って夜空を見上げる。一度でいいから屋根から夜空を見てみたいなあ。ずっと前に何気なくつぶやいたことを彼は覚えていてくれたらしい。教官に見つかったらどうなるかな。大目玉喰らうだろうね。成績優秀な彼がさらっと、まるでいたずらっ子のように言うものだから思わず笑ってしまった。夜が深くなるにつれてどんどん肌寒くなっていく。それに比例して空気が澄んでいって、小さな星が次々と顔を出してきてとても綺麗だ。ちかちかと心許ない光がわたしたちを微かに照らす。隣で同じように星を見ている彼に、今のわたしの姿が、少しでも、見えなければいいなあ、と、心の中で密かに願った。


「このままずっと星を数えていったらどうなるかな」

「すっごく、時間かかるって聞いたよ」

「そっか、それもいいかもね」

「ベルトルトくんは、星に近いから、早く数えられそうだね」

「そうかなあ。例えそうだとしても、一緒に数えるよ」


置いてったりしないよ。彼は噛み締めるようにそう言った。お互いの息が少しだけ白い。ぶるっと身震いをすると、手が優しく包まれた。温かい。この人は、いつも温かい。

ときどき、怖くなる。彼はいつか、わたしの前からいなくなってしまうのではないだろうかと。時々、彼は遠い目をする。わたしなんかが全然見えないような、遠いところをじっと見つめている。悲しんでいるような、後悔しているような、待ち望んでいるような、もどかしいような。わたしとは遠く離れた、わたしが存在していないところをじっと見つめる瞬間がある。その目をしている彼はわたしの知っている彼ではない。その目に気付いてから、ああ、彼はいつか知らないところに行ってしまうのだと、ぼんやり思った。確証なんてないけど、そんな気がした。

彼の手を、すこしだけ握り返した。離れたくないなあ。


「手、すごく冷たい」

「うん、思ってたより冷えてたみたい」

「早くいいなよ、氷みたいだ」

「ベルトルトくんはあったかいね」

「はは、昔から子供体温なんだ」

「そっか、いいなあ、あったかくて」


いいなあ。指にまた力を込めた。わたしはベルトルトくんのことが好きだけど、それを言葉にしたことはない。だって言葉なんて、不確かで、暗闇に溶けてなくなってしまいそうだから。好きな人を想うことは、好きな人の幸せを願うことだと、死んだ母にそう言われたことがある。ベルトルトくんの幸せがもし、彼の視線の先に歩いていくことだとしたら、わたしはそれを阻まず見守らなければならない。なんて、かっこつけてみたけど、そんなこと、できるかなあ。だってこんなにも離れたくなくて、こんなにもわたしのこと見て欲しくて、見て欲しくなくて。そう、わたしはどこまでもわがまま。置いてったりしないよ、なんて、言わないでよ。うそつき。


「ベルトルトくん」

「ん?」

「幸せにならなきゃだめだよ」

「え、どうしたのいきなり」

「ううん、なんとなく」


そう、なんとなくだから、深い意味なんて、ないよ。口の中で回った言葉をそのままごくりと飲み込んだ。思いの外飲み込んだ言葉が苦くて、目を伏せた。ベルトルトくんはわたしの手を握り直して、わたしの手を見えなくなるくらいすっぽり覆って、君も幸せにならなきゃだめだ、なんて言った。そうだね、と言ったわたしの声は彼に届いただろうか。空気も読まずきらきら美しく輝く星に隠れて、わたしは少しだけ泣いた。


20131006
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