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そのまんまで


始まった。いつものが。


「太った」

「どこが」

「全部!」


こうなると彼女はなかなか強情だ。


大学のゼミで出されたレポートを書きながら彼女を見遣る。立派な全身鏡の前に立つ彼女は鏡の向こうにいる彼女とにらめっこをしながらくるくる回ってみたりお腹をつまんだり二の腕をつまんだり。

彼女は社会人3年目、僕より年上だ。会社では座りっぱなしでパソコンや電卓を叩き続ける仕事をして、その仕事を家に持ち帰ることも多いと、自由な時間も潰れて運動不足になってしまうのは仕方がないことだとは思う。しかし、僕は彼女を太っているなどと思ったことはない。寧ろ標準より痩せている方で、少し、ほんの少しだけぽにょぽにょしている。だがそれがいいのだ。それがあるからこその彼女で、可愛らしいのだ。しかし彼女は違う。彼女が比べている対象はテレビや雑誌に出ているような、四肢が長くてくびれがあり、細くて程よく鍛えられたようなバランスの良いモデル体型なのだ。同性にも細いと言われるような体型になりたいのだ。どうして女性はそう痩せたがるのだろう。多分、今まで彼女に一番送ってきた言葉は「好き」より「痩せなくていいよ」だと思う。美意識が高いのは大いに結構、しかし高すぎるのもどうかと思うのだ。


「太ってないでしょ。ほら、せっかく君の好きな店でモンブラン買ってきたから食べようよ」

「よ、よくも買ってきたわね!わたしの一番の大好物を・・・!」

「だから買ってきたんだよ。最近仕事忙しそうだからさ。食べないなら僕が2個食べるけど」

「・・・たべる」


言う割に好物に弱いことも知っている。


「ベルトルトはそうやってすぐ甘やかすからいけないのよ」


両頬にモンブランを含ませてハムスターのように縮こまって食べる彼女は可愛い。
彼女は普段相当我慢しているが、本来甘いものに目がないのだ。彼女のお気に入りのスイーツ店ならいくつかリサーチ済みだ。痩せなくていいのに。コーヒーを啜りながら、モンブランをフォークで突いている彼女を見て思った。


「頑張ってるんだから甘やかさせてよ。美味しいでしょ?」

「・・・美味しいけど」

「ならそんなむっとして食べなくても」

「だって・・・」


彼女は強情だ。
僕は小さくふぅ、と息を吐いて、彼女がフォークを持つ右手首を掴んでフォークを取り上げた。突然のことに彼女は僕を見上げて目をぱちくりさせている。あ、それ可愛い。


「な、何?」

「僕、君の美味しそうに食べる顔が見たくて買ってきたんだよ」

「え、怒ってるの・・・?」


もちろん怒ってない。ちょっと懲らしめてやるのだ。


「一体どこが太っているって言うの」

「・・・全部」

「ふーん。こことか?」

「え、ちょ、何すんの!」

「いや、確かめておこうと思って」

「確かめんでいいわい!」


僕は先程彼女がつまんでいたお腹をつまんだ。彼女は悲鳴を上げた。僕の手を振り払おうとするも力の差や体格差は歴然。暴れる彼女を難なく抑えて、お腹、二の腕、頬など彼女が太っていると主張する箇所をつまむ。僕にはない、女性らしい柔らかさ。これがなくなってしまうのは惜しい。


「うーん。触り心地がいいってだけで太ってはないよ」

「触り心地って!それってやっぱり太ってるんじゃん!」

「太ってるとは違うよ。なんというか、ぽにょって感じ」

「もー痩せる!絶対痩せる!5kgは痩せる!」

「やだ。それは許さない」

「なんで許可が必要なのよー!」

「だって」


僕は彼女から取り上げたフォークにモンブランを少し掬って彼女の口に押し込めた。
そしてそのまま蓋をした。


「そのままが一番可愛いんだもん」


モンブランって、思っていたより甘かった。



(いっぱい食べる君が好き)



20150829
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