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記念日


これの続き



「へ、兵士長、申し訳ありませんでした・・・」

「謝るなと何度言えば分かる」

「も、申し訳っ、!?」

「お前もああなりたいのか?」

「なりたくありません絶対なりたくありません!」

「なら謝るな。分かったか」

「は、はい・・・」



次の日の朝、新兵であり兵士長が監視役を務めているエレン・イェーガーが事を荒立てる引き金となった。特別作戦班と第四分隊は非番であったので、早起きしようが昼過ぎまで寝ようが各々の自由にしても咎められることがない休日だった。しかし、非番であろうとなかろうと、兵士長はエレンの監視をする為に毎日早朝にエレンの部屋を訪れるそうなのだが、いつまで経っても訪れないのを不審に思い、逆にエレンが兵士長の部屋を訪れドアをノックしたが物音ひとつしなかったという。もし兵士長の身に何かが起こっていたら、と、エレンは最悪の事態を想像し、後先考えず部屋のドアを壊さん勢いで開けた。そう、開けてしまったらしい。エレンの目の前に広がっていた光景は、その最悪の事態に近かったのかもしれない。閑散とした部屋の中、大きいベッドではなく小さなソファーに、男女が抱き合うようにして眠っていたのだから。エレンの大きな大きな叫び声は開けっ放しにしていた兵士長の部屋のドアから廊下を伝い、近隣の部屋、具体的に言うとハンジ分隊長やモブリット副長、エルヴィン団長など上官の部屋から、特別作戦班の兵士の部屋に至るまで届いた。もっと具体的に、かつ主観的に言わせてもらうと、いっちばん見られたくない人達にこの状況を見られることになってしまった。巨人化ができるエレンの叫び声なのだから、一番に反応する人達なのは分かる。分かるんだけど。ちなみにここまでの話は全て聞いた話であり私が見て聞いた訳ではない。私が目を覚ました時にはハンジ分隊長が見る影もなくボッコボコにされており、兵士長が見た事もないくらい冷たい視線を分隊長に送っていた。特別作戦班の先輩兵士であるエルドさんは笑いを堪えていて、グンタさんは眉間を押さえていて、オルオさんは舌を噛んでいて、ペトラさんはにやけ顔で頬を染めて口元を押さえていた。新兵のエレンはあわあわして状況が飲み込めていないようだ。うん、私も飲み込めていないんだけどね。そんな特別作戦班の5人は、兵士長の「お前ら、一度部屋から出ろ」というこれまた冷ややかな一言でバタバタと出て行った。エルヴィン団長はやれやれという呆れたような、でも少し微笑んでいるような顔で静かに部屋を出て行った。モブリット副長はハンジ分隊長を担いで、きっと医務室に向かったのだろう。寝ぼけていた私はそのカオスな状況をただただぼんやりと見つめた。見つめて、ふと机の上を見遣ると、たくさんの書類と、ティーセット。うん?ティーセット?昨夜の記憶がみるみる内に蘇り、そして、血の気が引いた。次の瞬間、私はソファーから飛び降り地面に額を擦り付けた。


「兵士長!!申し訳ありませんでした!!!」


そして冒頭に戻る。






「あの、兵士長、」

「謝るなと、言った筈だが」

「うっ、し、しかし」


昨夜書類を纏めたときと同じように、向かい合うようにソファーに座った兵士長と私。先程のように土下座のままでもよかったというか寧ろそうしたかったのだが、兵士長の「汚え」の一言でこうして普通にソファーに座ることになっている。兵士長はソファーの縁に片腕を掛け、窓のある方に顔を背けている。私はというと、居心地が悪い。すっごく、居心地が悪い!なにこれ!いっその事ハンジ分隊長にしていたようにボコボコにしてくれた方が気が楽なのに!あ、でも痛いから優しめでお願いします!なんて心の中で何度唱えても、この部屋には時計のコチコチという秒針が触れる音しか響いていなかった。テーブルにぽつんと置かれたケースの中には昨夜紅茶に入れた分隊長お手製の睡眠導入剤(兵士長の「出せ」の一言で速攻出した)。兵士長が、ふー、と溜め息とも受け取れる息を吐いた。びくり、と肩が揺れてしまい、それほどまでにビビっている自分を恥じるも身体は正直だと思った。


「事の経緯はだいたい分かる。どうせハンジがこの薬を、何の薬かは知らんが、お前を使って俺に盛ったんだろう」

「そ、その通りです、紅茶に混ぜるよう指示されました・・・一般的に出回っている睡眠導入剤を、より強力に改造したものだと・・・」

「ハァ、あいつも馬鹿なことばかり考えやがる。一体何が目的なんだ」

「え、えと、兵士長が寝ているところを見たことがないそうで、それで、兵士長も他の人のように寝るのだろうか、という疑問が、あったそうです」

「さすが暇人だな・・・俺だって人間だ。睡眠くらい摂る」

「で、ですよね・・・」


私は自白剤でも服用したのではというくらい、本当のことをぺらぺらと喋った。ハンジ分隊長がこれ以上ボコられないように嘘のひとつやふたつ吐いた方が良いのかもしれないが、兵士長の声と視線がいやに威圧的(多分元から)で、嘘を思いついてもそれが口から出ることはなかった。いくら命令だったとはいえ、健康上に害のない薬だったとはいえ、上官に薬を盛るなど、しかも人類最強と謳われる兵士長に。あり得ない話だ。もしかしたら私は投獄されてもおかしくないようなことをしてしまったのかもしれない。兵士長はいつも無表情だから分からないけど、その目は怒っているようにも見える。そういえば、エルヴィン団長にも見られてしまった。ああ、もうだめだ。これまで苦しい訓練でも壁外調査でも苦しい中で何度も生き残ってきたのに、これで終わりかあ。俯いて目をぎゅっと瞑り、兵士長が発する次の言葉を待ち構える。膝の上に置いた両手は固く拳を作っており、掌に爪が食い込んでぴりっとした痛みが走る。カタカタと身体が情けなく震え出す。涙が出そうだ。




「まあ、あれだ。あんなに熟睡したのは随分と久しぶりだった」

「・・・へ?」

「薬を盛られたのは不覚だったがな」




兵士長が、ふー、とまた息を吐いたのと同時に、全身の力が抜けた。予想していた言葉の180度違う言葉だったから。ぱっと顔を上げた。その拍子に零れかけていた涙がぱたぱたと拳の上に落ちたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。兵士長は先程と変わらず無表情で窓の方を見ている。私、咎められている訳ではない?兵士長、もう怒ってない?罪には、ならない?その言葉が胸にすとんと落ちたのを感じた瞬間、涙がぼたぼたと顔を上げたときの比にならないくらい溢れた。兵士長がこちらを見て、少しだけ、ぎょっとしたように目を見開いた。


「おい、なぜ泣く」

「うっ・・・だって・・・」

「泣くな」

「うううう・・・も、もう、怒ってないですよね?」

「怒ってねえ、元々こんな顔だ」

「わたしっ、つ、罪に問われたり、しませんよね、?」

「する訳ねえだろうが」

「・・・うううううよかったあああ、」


緊張の糸が切れて、小さい子供みたいにわんわん泣いた。兵士長に私の情けなくて汚い泣き顔を晒していることは、正直どうでもよかった。どうしてここまで涙が出てくるのかもだんだん分からなくなった。でも、今は思いっきり泣きたい。ただそれだけだった。手で拭っても拭っても涙が止まることはなくて、手がぐっしょり濡れて、涙を拭うというより手で受け止めた涙を顔に擦り付けているような感じで、全く意味を成していなかった。もちろん、涙でぼやけて何も見えてはいなかった。兵士長が、私の隣に腰掛けて重みで身体が傾くまで、気付かなかった。


「馬鹿が、泣くなと言っているだろうが」

「ううえっ!?へ、兵士長、スカーフが汚れてしまいます、!」

「ビショビショな汚え顔拝むよりかはマシだ」

「す、すびばぜん・・・」


兵士長は私の頭を掴み、首があらぬ方向に曲がりそうなくらい強い力で横に、つまり兵士長に私の顔を見せるように向かせた。今グキッていった絶対首痛めた。たまたま近くにあったのだろうか、兵士長はいつも身に付けている真っ白で清潔感溢れるスカーフで私の目元を拭った。拭う、というより、擦る、という表現の方が正しいかもしれない。「い、痛い、です」と小声で言ってみると、兵士長は一度手を止め、今度は躊躇うように、ぽんぽんと顔にスカーフを軽く押し当てていった。優しいけれど、不器用だなあ。そう思ったら、少しだけ笑ってしまった。


「ピーピー泣きながら何笑ってやがる。気持ち悪い」

「ひ、ひどいで、すよ、ふふ」

「それが気持ち悪いと言うんだ」

「だって、へいしちょ、やさしいから」

「あ?」

「ぶきようだけど、やさしいなって、えへへ、」


泣きすぎて、酸素が頭に回っていないのかもしれない。やけにぼやぼやして、今の言葉が声に出されているのか頭の中で言っているのかもよく分からなかった。「馬鹿を言うな」低い声が耳に届いて、ああ、声に出して言っちゃったのか、と分かった。でもなんだか、どうでもよかった。兵士長、怒ってないし、優しいし、なんか、いいやって。また目元をスカーフで押さえられて、流されるように目を閉じた。真っ暗な視界の中で数秒息苦しくなって、ごくり、と流されるまま唾液を飲み込むと視界がスカーフから解放されて、身体を引っ張り込まれて硬いものにごちりと頭を打ち付けた。鈍い痛みに薄く目を開くと、兵士長の顔があった。


「へいしちょ、ふともも、かたい」

「お前の緩んだ脚とは違うからな」

「ねごごち、わるい」

「片言で喋るな。やられたらやり返す主義だからな。恨むなよ」

「うぅ・・・ん?」

「黙って寝やがれ」

「へいしちょ、」

「リヴァイだ」

「り、ばい、さん」

「何だ」


「     」



何を言ったのか、そもそも、声に出して言ったのか。猛烈な眠気に勝てなかった私は、そのまま意識が遠のいた。最後に目に入ったのは、兵士長、もとい、リヴァイさんの細い目が見開かれてぽろっと落っこちてしまいそうな顔だった。










「・・・馬鹿が」


きっと起きたら何も覚えていないのだろう、まあ覚えていても別に良いのだが。泣きすぎて意識がはっきりしていなかったこの女に、俺が盛られたらしい薬を自らの口に含み飲ませた。本当に強い薬だったのだろう、飲んで数分と経たないうちに寝息を立てた。最後に言った言葉は本心なのだろうか。「すき、です」耳で反響するその甘ったるい言葉がうるさい。俺はいつからこんなに乱されるようになったんだ。唇と唇を合わせるその行為は俺が最も苦手とするそれだった筈なのに、年は取りたくねえもんだな。完全に力が入っておらず膝の上で伸びてやがる女を持ち上げてみると、本当に鍛え上げられた兵士かというくらい軽かった。そのままベッドまで運んで寝かせる。昨夜あまり記憶がなかったとはいえ、一晩中下敷きにしてしまった後ろめたさがあった。寝顔を見て、また唇を寄せた。クソ、思春期じゃあるめえし。袖で自分の唇を拭う行為にひどく矛盾を感じた。ここはハンジをもう2、3発殴って班の奴らの掃除範囲を倍に広げるぐらいしねえと気が済まない。エレンは更に倍だな。それより、今はこの部屋から出とかねえと、ああクソが。俺は部屋を出て鍵を掛けた。今はまだ午前中だ、どうせ夜まで寝てんだろ。そう思いハンジの元へ足を進める俺は、翌日の朝まで目を覚まさなかった女に頭を抱えることになる。



(君を愛した記念日)



20130423
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テーマ「人外ファンタジー」
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