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ぬくぬく
こたつはいい。暖かいストーブにふかふかのお布団、それにテーブルが合わさった一石三鳥の画期的な発明品。考えた人にぜひノーベル賞をプレゼントしたい。特に冷え性の私には本当に欠かせない。仕事から帰って即効でお風呂を済ませてお湯を沸かして、温かい玄米茶を入れたポットに湯飲みにおまんじゅう、読みかけのことりっぷをテーブルに広げる。私の一番幸せな空間のできあがり。
「ただいま」
「ん〜おかえり〜」
「・・・お風呂入ってくるね」
「ん〜、バスタオル出してるよ〜」
同棲中の彼は北の出身で、寒さにはとっても強いらしい。一方の私は南の方だったから彼とは体感温度がまるで違う。寒いの無理絶対無理タエラレナイ。冷え性ってもしかして、一生治ることのない不治の病なのかも。私はこたつの中に両手を突っ込み顎をテーブルに乗せながらことりっぷを眺めた。手が冷たいなあ。京都いいなあ。行きたいなあ。
「背骨すごいことになってるよ」
「わ、はっやいな〜。ちゃんと洗った?」
「君が長風呂なだけだよ」
「そう?あ、ほらほら見て!清水寺!紅葉が綺麗だね〜」
ベルトルトはタオルで短い黒髪をわしゃわしゃ拭きながら私が開いてることりっぷを覗き込む。私とおんなじシャンプーを使ってるはずなのに、彼の髪からはなんだか違う匂いがする。この匂いを嗅ぐと、なぜかいつも指先がぴりっとする。何とも言い難い、不思議な気分。
ベルトルトとは別に結婚を約束して同棲している訳じゃない。そんなに甘〜い展開にも、あんまりなったことない。というか、ない。そもそも告白とか、したっけ?それくらい私達の関係はあやふやだった。なんと言えばいいのだろう。強いて言うなら、家族のような感じ。きっと、一緒にいると落ち着くとか、気が楽とか、そんな感じなんだろうな。私も実際そうだし。
「わ、すごいね。これ実際見たらもっとすごそう」
「でしょ!?行きたいなあ」
「でも京都ってすごく寒いらしいよ」
「え、そうなの?カイロ貼ってもだめ?」
「うん、たぶん君は耐えられないと思う」
「え〜そっかあ・・・残念」
「はは、君の基準は寒いか寒くないかだもんね」
「あったりまえ!」
お茶少しもらってもいい?あ、湯飲み持っておいでよ。私達の会話はとってもぬるい。彼が持ってきた湯飲みにお茶を注いであげて二人でおまんじゅうを食べる。私はことりっぷを読み、彼は分厚い推理小説を読む。無言のまま、お茶とおまんじゅうだけが減っていく。ふいに彼が身動ぎをし、私の喉から引きつったような音が出た。
「ひあっ」
「あ、ごめん」
「え、こたつに入ってなかったの?」
「うん。お風呂上がりだったからちょっと暑くて」
ごめんね。少し眉毛を下げて言うベルトルトには本当に悪気はなかったのだと思う。でも、こたつで充分に温まった私の足に突然触れた彼の冷たい足は、私にとってこの上ない暴力とも言えた。それにベルトルトは足がとっても長いから冷たい足にこたつが占領されて、嫌でも足がぶつかってしまう。
「もお〜冷たいよ〜」
「ごめんってば」
そう言いつつ足をこたつの中へ押し進めていくあたりこの人はちゃっかりしている。徐々に彼の温度とこたつの温度が近くなっていき、冷たさは気にならなくなっていった。それでもなお彼をからかうように愚図ってみると、彼は私に手を差し出してきた。
「その代わりにさ、ほら。手貸して」
彼は本に栞を挟んで、私の手を取った。とっても温かくて、思っていたよりずっと大きくて、ゴツゴツした骨っぽい掌。そんなに小さくないはずの私の左手は彼の右手で見えなくなってしまった。そういえば、手握られたの初めてかも。
「あったかいでしょ?僕ね、昔から手だけはずっとあったかいんだ」
「ほんと。すっごくあったかい」
「・・・君、手小さいね。それになんだか、ふにゃふにゃしてて、折れそう」
「違うよ、ベルトルトの手がゴツゴツしてて、大きいだけ」
「そうかなあ」
「そう、だよ」
なんだかそれ以上しゃべるのが気恥ずかしくって、俯いてことりっぷをぼんやり眺めた。私、中学生みたい。いや、イマドキの中学生はませてるから、もしかしたら中学生以下かも。会話が続かなくて、手も離せなくて、変な沈黙が続いた。彼も何も言わない。もしかしたらベルトルトもおんなじ感覚に陥っているのかもしれない。
「ねえ、京都、さ。やっぱり行ってみようか」
「そ、そうだね、行ってみようか」
ついさっきまでなんともなかったのに、こたつの中で触れ合う足が妙に熱かった。もしかしたら冷え性って、治るのかもしれない。
(あなたがいればね)
20140103