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スマホ
カシャ
「・・・」
カシャカシャ
「・・・ねえ」
カシャ
「やめてよ写メ撮るの」
ポポン
「動画!?」
彼女は最近、スマホに買い替えたらしい。あたしゃそんなハイカラなもの持たないからね!と、ついこの間まで国民的某おかっぱ少女のようなことを言っていたのに、新しいモデルのスマホが発売された途端にこれだ。ガラケーから最新のスマホに替えてその違いにいろいろな機能を試したくなる気持ちはわかる。彼女は今、お察しの通りカメラ機能に心を奪われているようだ。すごいすごい!いっぱい撮れる!画質いい!速い!と興奮気味にカメラを向けられる。彼女が被写体に選んだのは僕のようで、言葉が悪いのは分かっているけど見事に読書時間を害されている。じっとりした目線を送るけど彼女のキラキラと輝く目には写っていないようだ。
「ねえ、集中できないんだけど」
カシャ
「別にわざわざ僕撮らなくていいんじゃないの」
カシャカシャ
「ほら、多分教室にまだみんな残ってるからさ」
ポポン
「だから動画やめてってば!」
『だから動画やめてってば!』
「再生しないでよ!」
ごめん、うざい。新品であるため未だほとんど入っていなかったであろう彼女のフォルダはきっと僕の顔写真でいっぱいだ。奪い取って全部消してやりたいけど、何気にすばしっこい彼女から彼女の興味を引いているものを取り上げられるとは到底思えなかった。僕の深い溜め息すら今の彼女には聞こえていないようだ。カシャカシャと未だにやかましくスマホを鳴らす彼女に段々とイライラしてきた。いい加減にしてくれ。
「ねえ、怒るよ」
「どうして?いいじゃない、減るもんじゃないし」
「僕の神経が擦り減ってるよ現時点でかなり」
「おお、言い回しうまい」
「はあ、全く。何言っても聞かないんだから」
「ベルトルトがおかんみたいになってまーす。うふふ」
「は、え?」
「焦ってまーす。狼狽えてまーす」
「え!?動画撮ってるの!?ちょっと消してよ!」
「これをベルトルトファンに配信してやろー」
「いないよそんなの!消してよ!」
「え、いるよ?本人は全く知らないようでーす」
イヒヒと女の子らしからぬ笑い声を上げる彼女の、たった今の発言に情けなくも動揺を隠せない。僕のファン?いる訳ないだろう。それ以前に、君と僕は所謂恋仲であって、なぜそんなこと平然と言えるんだ。嫉妬とかないのか。好きなのは、僕ばっかりなのか。そう考えると、動画を撮る彼女を制する気も失せてしまった。
「もう、勝手にしなよ」
「随分勝手にしてるけど」
「知らない。もういいよ」
ああ、情けない。拗ねた気持ちはそのまま言葉に直結してしまって、きっと彼女も気付いたに違いない。不思議ちゃんというか、変わり者というか、そんな彼女を最初に好きになったのは僕の方なんだけど、なんだか悔しい。カシャ。顔のすぐ横でまたシャッター音が鳴る。無視を決め込んだら、シャッター音が鳴らなくなった。飽きたのだろうか。彼女を見遣ると、スマホの液晶を見ながら頬をだらしなく緩めていた。
「顔、緩みきってるけど」
「うん、嬉しくて」
「え?」
画面から目を離さないまま答える彼女は、僕と会話をしていなければ危ない人と思われるくらいにはニヤニヤしている。いくら可愛くても(僕の個人的なフィルターのせいかもしれないけれど)、さすがに気持ち悪いかもしれない。液晶を細い指で撫でつつ彼女は答えた。
「今ね、画面いっぱいにベルトルトしかいないの。わたしとこのスマホがベルトルトを独占しているみたいで、なんだか嬉しくて」
ロック画面にしちゃお。にやけてそう言う彼女をぽかんと見つめると、彼女は顔を上げてさらに顔を緩ませた。僕は自分のスマホを取り出した。カシャ。うわ、だらしない顔。ロック画面にしてやろう。
(ジャン「リア充爆発しろ」)
20131031