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いつか灰になる
「じゃあ、行ってくる」
「うん」
「戸締まり、ちゃんとしとけよ」
「うん」
「・・・」
「・・・」
違う、違うんだ。こういうことを言いたいんじゃない。フードを直す振りをして後ろ髪を弄る。情けない。こんなところグンタ達にでも見られようものなら、それこそ俺は死ぬんじゃなかろうか。いや、縁起でもないな。ああくそ、いつもこうだ。これが最後かもしれない、いつもそう自分に言い聞かせているのに、出てきてほしい言葉は何一つ出てくることなく。いつもその繰り返しだ。そうして生きて帰ってきてこいつの顔を見ると心底安心する。こんなこと何回繰り返せばいい?お互い浮かない顔をしていることは痛い程分かっている、はずなのに。何が調査兵団だ。何が特別作戦班だ。何が兵士だ。それ以前に俺は男に成りきれていない。好いている女に気の利いた台詞の一言も、言えない癖に。頭の中で答えが出ないまま考えだけがぐるぐる回ってそろそろ爆発しそうだ、と、目頭を抑えたら、腹の辺りに鈍い痛みが走った。
「ぐふっ!」
「ああもう!イライラする!」
「お、お前なあっ・・・」
不意打ちでタックルされて、思わず息が詰まる。立体起動装置がガシャン、と鳴った。一言文句を行ってやろうと見遣ると、俺の胸に顔をぐりぐり押し付けて表情が見えなかった。ジャケットの中のシャツにじわりと湿りを感じて、出てきそうになった言葉を飲み込んだ。
「・・・おい」
「なによヘタレバカエルド」
「ひどい言い様だな」
「間違ってないでしょ」
「そうだな、」
手を回して背中と頭をできるだけ優しく支えると、僅かに肩を震わせてしがみつくようにジャケットを握られた。小さくて、傷ひとつない、綺麗な手。俺はひどい男だ。俺と結婚してくれ、と、何度も言おうとしたけど、言えない。言える訳がない。あと何回会える?何回待たせる?何回、こんな顔をさせる?そう考えたらなかなか言えなかった。俺なんか忘れて早く他の男と結婚して所帯を持て、なんて、独占欲が邪魔をしてもっと言えない。俺に縛り付けてしまっていることは十二分に理解している、つもりではある。どっちにも転べない、この道は俺自身が選んだはずだ。こいつを守りたくて兵士になったのに、今は兵士という立場に苦しめられている。考えてみれば皮肉な話だった。
「何、考えてんのか、知らないけど」
「なんだ」
「あたしは、勝手に待ってるから」
「・・・」
「あたしがそうしたいだけだから」
「・・・お前はエスパーか」
「考えすぎていつかハゲるんじゃないの」
「口は相変わらずだな、可愛気のない」
「うるっさい」
少しだけ離れてお互いの顔を見る。不細工になってるぞ。うるさいヒゲ。それが見送りの態度か。悔しかったら言い返しなさいよ、壁外にいる間に文句のひとつでも考えてくれば。文句くらい今ここで言ってやるさ。溢れている涙を拭っていたら、愛しさでいっぱいになってさっきまで悶々と考えていたことが吹き飛んだ。ごちゃごちゃ理由考えるのは、もういい。勝手に待ってるって言うんなら、俺も勝手にお前を帰る場所にする。そう考えたら、腹の中に言葉がすとんと落ちてきた。
「帰ったら、俺と結婚してくれ」
(心はいつか灰になるけど、辿り着くのはあなたの隣がいい)
20131008