たりない
エビチリ。酢豚。唐揚げ。チャーハン。
プラスチック容器に詰められた中華料理をこたつの上に一つずつ並べていく。ヤカンに沸かした湯を急須に注ごうとする真田を、「水の方がいいよ、まだ料理熱いし」と制して、割り箸を差し出す。
「どこの店のだ」
「そこの橋の近くの。行ったことないの」
ない、と答えた真田のスマホが小刻みに振動する。
「電話?」
「ラインだ」
「似合わないな」
そう言う俺も、真田とラインでやりとりしている。
「似合うも似合わんもないだろう」
「女の子だろ」
「どうして分かる」
「すぐに返事をしようとしないから」
ちゃんと考えて返事をしようとしているのだ。
キッチンまで歩いていって、こじんまりとした食器棚から取り皿を二枚とる。ついでに、酢豚やらチャーハンやらをすくうスプーンも。
東京の大学に通うようになって、真田は一人暮らしを始めた。
「エビの火の通りがいいね。パサパサしてない」
「プリプリしているな」
「ふふ、プリプリって」
真田は時々、似合わない言葉を吐き出す。俺はその度に少し大げさに笑う。
「今度はいつ日本を発つんだ」
「来週のアタマ。だけどひと月くらいしたらまた戻ってくるよ」
「ひと月、年末だな」
「クリスマスよりは前に戻るよ」
冷えるから気をつけろ、チャーハンを皿に取り分けながら真田は言った。体を冷やすのは良くない、と親が子供に言うみたいに続ける。
「きっと向こうでは雪が降るよ。手がかじかむな」
「手袋を忘れるなよ」
高校を卒業してからすぐに、俺は日本を出た。神奈川の実家を出て、大学生になった真田との距離は開く一方だろうと予想していたけど、実際にはそうはならなくて、俺はこまめに日本に帰国して、真田の一人暮らしの部屋に入り浸っている。
そうはならなくて、というより、そうしたくてそうしている。
「米の一粒一粒に玉子のまとわりついた良いチャーハンだ」
「たまらんチャーハンだね」
そうだなたまらん、と反復する真田の唇の端についた米の粒を、とってやろうかどうか迷っていた。しばらく迷っている内に真田は自分で気がついて、それをティッシュで拭った。そういう関係がもう何年も続いている。
こういうことがある度に、もうこの家に来るのはやめようかなとも思うけど、一分も待たない内にやめるほどのことでもないかと思い直す。
真田は俺にとってテニスに似ていて、楽しくはないけど本気でやめようと思ったことはない。きっとこの先も楽しくなることはなくて、それでも死ぬまで続けるんだろう。
真田のスマホがまた振動した。今度もラインだ、そうに違いないと思って、「なにか返しなよ」と言いながら、真田の取り皿に酢豚をすくい落としてやる。その中に入った小さなパインをしばらく眺めてから顔を上げると、真田はスマホを手に取っていた。
「真田は、初めて行く中華料理屋では絶対酢豚を頼むよね」
「……意識したことはないが」
「小学校の高学年くらいからずっとそうだよ」
俺は真田の、殆ど全部を知っている。本人も知らない真田のことも。
例えばスマホの画面をなぞる爪先。いつ見たって必ず、深すぎるほどにつまれている。それから、その深爪を作る順番、右利きのくせにまず左手に爪切りを持って、右の親指から切り始める。五本の指を切り終えるごとに、屑入れに爪を捨てる。存外に神経の細いところがあって、爪を切り終えた後は爪切りの刃を必ず除菌ティッシュのようなもので拭き上げる。
それなんで拭くの、まだ実家にいたころにきくと、「左助くんも同じものを使うことがある」と返された。
俺のも妹が使うけど気にしないよ。妹と甥は違う。似たようなものだろ。産んだ母親が違う。そういうものか。そういうものだ。
そういうものらしい。
真田が、爪を深く切り始めたのは高校時代に初めて恋人を作った頃で、その恋人とどうやって付き合い始めたとか、テニス部の練習時間が長くて二人の時間がとれないという理由で別れを切り出されたことは知っているけど、俺は真田が彼女をどういう風に抱いていたかは知らない。真田が見かけや、普段の言動に反して恋人を大切にすることは知っていても、その太く長い指を使って、どんな風に女の子を悦ばせるのかは想像することしか出来ない。
「その子は彼女?」
「ゼミの同級生だ」
彼女じゃない、と否定することもなくそれだけ言って、スマホを床に置く。
「前の彼女になんでふられたんだっけ」
「わざわざ言わせたいのか」
「大学入ってすぐに出来て、二年の夏にお前をふった女の子だよ」
そこまで分かっているなら充分だろう、真田は眉間に皺を寄せたまま酢豚をかき込んだ。
「足りない」
その言葉を発したとき、真田の表情が固まった。
「……って言われたんだっけ。そんなに濃い顔してるくせに」
「顔は関係ない」
顔も知らない女の子が発した、「足りない」という言葉の含蓄するところについて俺はときたま考える。真田と彼女の間で足りなかったものは、あるいは真田に足りなかったものはなんなんだろう。
「俺からしたら真田はほとんど足りてるよ」
「ほとんどか」
うん。ほとんどにあぶれたのは。カラダの関係。そうか。真田はどういう風に女の子を抱くの。お前は男だろう。うん、だけど知りたい。
真田は皿に残った酢豚のピーマンの端切れをかき集めて口に含んでから、新しいティッシュで唇を拭った。
シングルベッドに視線をやって、「そこに」と俺を促す。そこって、と俺が日和ってみせると、腕を引かれて、無理やりマットレスの上に転がされる。
「乱暴なんだ」
カタブツという言葉をヒト型に整えておいたような男が、女の子にこういうことをしているところを想像したら、俺のオトコの部分が蕩けた。
「女の子にもそうするの」
「場合によるな。お前はどうだ」
「俺はしないな。される方が好きだ」
俺の相手は男ばかりだった。時たま、俺の心のうろにしゅるりと入り込んでくるような女の子が現れて、それじゃあよろしくと、上にのっかってもらうようなこともあるけど、質量的にも感情的にもやはり足りなくて、俺はやっぱりソッチなんだなと思い知らされるばかりだった。
「普段はどういう風にされているんだ」
「俺がお前の普段を知りたいんだけど」
「俺も幸村のことが知りたい」
真田の目は真剣で、つまらない期待が胸を揺るがせる。
「……キスから、」
本当は行為の初めのキスなんてほとんどしたことがなかった。真田に俺のそういう部分を知られたくはない。
真田は律儀に頷いて、その厚みのある唇を俺の唇に重ねる。初めて真田としたキスは他の人とするのと全く違う、気がした。少なくとも、こたつから引き摺り出されて、僅かに下がりつつあった俺の体温はぐっと上昇する。
男とこういうことをして気持ち悪くないのかな、と心配していたら熱を伴った舌が俺の口の中に押し入ってきて、たちまち酸素が薄くなる。そのとき真田の舌が分厚いのを初めて知った。
舌先、口蓋、それから綺麗に並んだ前歯の裏。お互いの濡れた呼気を奪い合うように舌を絡ませてあう合間に、真田は俺の唇をじゅっと吸って、そこが充分に濡れてくると舌で嬲った。
ねちっこいキスだ。真田の、恋人だった女の子達はこれを何度も享受していたのだと思うと胸の表面が冷える。そのくせ腰の奥の深い部分には痺れるような熱がともっていた。
舌を、と真田は言う。出せなのか、引っ込めろなのか分からなくて、口蓋にぴたりとはりつけてみせると、それをこそぐように真田の舌が追ってきた。乱暴に、乱雑に、濡れた蛇のような執拗さで俺の内側を蹂躙する。
二十一年間生きてきて、好きな相手と体を重ねたことは一度もなかった。だからか、こんな風にたっぷりと時間をかけてキスをしたことも初めてだった。
真田は、悪い男だと思う。好きでもない俺にもこういうことをするんだから。
ゆっくりと唇が離れていくときも、舌先は最後まで絡んだままだった。名残惜しくてたまらなくて、俺が追いすがった。
「泣かないんだな」
真田の声に熱はない。
「俺がこんなことで泣いたりすると思うの」
「触れ合う前に泣きそうな顔をしていた」
それがたまらなかった、と言うのでなんだか白けてしまう。
「もういいから早く」
こちらの投げやりな口調を気にするでもなく、真田は俺の喉仏のあたりに触れた。薄皮の表面を順繰りになぞられて、感じるまではいかなくても妙な心地がする。
なんでそんなとこ。触り心地が良い。喉仏があるけど。そうだな、男の首だ。
そう言って頷いたあとも、真田の指は離れていかなかった。開き直って猫にでもなったようなつもりになりながら身を任せているともう一度キスをされた。
今度は触れるだけですぐに離れていったそれが惜しくて、唇を尖らせると、「欲しいのか」と難しい顔で言われた。欲しいよ、意地を張っても仕方ないから素直に返したのに、真田はそれを無視して俺のシャツのボタンに指をかける。
脱がせる必要なんてないのに。男同士のまぐわいなんて、後ろさえしっかりと慣らしていれば、あとは出るまで擦るだけだ。
ぼんやりとしている内に上半身は裸に剥かれていて、胸の飾りの周りを指先でなぞられる。
「……っ、そういうとこ触るの似合わないな」
「似合うも似合わんもないだろう」
「そうだけど、やっぱりお前には似合わないよ」
どういう男なら似合うんだ、と真田は珍しく埓もないことを言った。今まで寝た男の顔を代わる代わる思い出していると、淡い隆起の中心に真田の指先が触れた。
「ふっ……う」
「そんなことを言うわりに良さそうだ」
先端を押しつぶすように転がされると、泡立つような官能が下腹部に湧き上がる。
「相手にもよるよ」
半分視線を逸らして呟くと、摘み上げるように力を込められた。痛みを伴うギリギリのところで、固くしこった突起を捏ねくり回される。
涼しい顔をした真田の下で、自分の熱が高まっていくのがたまらなくて、俺はゆるく唇を噛んだ。
真下から見下ろした真田の顔つきは、普段以上にくっきりとして見えた。俺の体をじっとりと見下ろす目と眉の距離が近いところや、鼻筋の深く通っているところを意識すると、やっぱり好みだなと熱に浮かされたようになる。
そういう子供じみた慕情を冷ますのは、時たま先端を引っ掻くように動く、深く爪のつまれた丸い指先なのだった。なだらかな爪先が敏感な部分を掠めるたびに、真田が深爪を始めた理由を思い知らされる。
「らしくないな、似合わないよ」
改めて呟くと、真田は乳首への愛撫を中断した。
そうか、と頷いて、今度は下半身の衣服を剥ぎ取りにかかった。自分でやるからいい、といくら言っても聞かない。マットレスにきつく縫い止められて、俺はあっという間に素っ裸になった。
「自分が脱がないのはずるい」
「俺の裸を見てどうする」
「興奮するよ」
なんでもないことのように言ってやると、真田は数秒瞬きを止めた。
「脱がしてもいいだろ」
腹筋を使って、力ずくで起き上がってから、真田の部屋着の裾に指をかける。
ほら腕あげて、間の抜けた言葉とともにそれを取り払うと、真田の色の良い肌が露わになった。筋肉の膜のはった張った胸が眩い。
吸い寄せられるようにして唇を近づけたけど、すんでのところで踏み止まって、代わりに耳をあててみる。波のようなさざめきが、肉の内側から鼓膜を通して伝わってきた。
「何も聞こえんだろう」
「聞いてると落ち着くよ」
波の音がするとは言えなかった。
もういいだろ、と俺の体を引き剥がした真田は、逡巡の末に下衣を脱いで俺の腰を抱いた。真田のそこは、知らぬ間に硬く張り詰めていた。
「真田もこうなるんだ」
屹立に触れると、「く」と息を漏らして俺を睨みつける。
「顔、怖いよ」
言いながら直接ペニスに触れて、しっかりと握り込んだ指を上下に動かしていく。初めて触れた真田のペニスは、熱く脈をうちながら俺の指を受け止めていた。長らく友達であり続けた男が、自分の指の動きによって息を乱しているのを見ると胸がすいた。
「硬くなってるの見るのは初めてだね」
段々楽しくなってきてそんなことを呟くと、真田はしかめ面を浮かべる。
「他人事のようだな」
「そんなつもりはないけど、っ……やっ」
調子に乗った代償だと言わんばかりに真田の手のひらが俺のモノを握り込んでくる。
「相変わらず声が高いな」
向かい合って座った俺の耳元でそう言う真田の声は低い。俺はその声が昔から好きでたまらなかった。
「先が濡れているぞ」
乱雑な手技で扱かれているのに、快楽の炎は勢いを増す一方で、真田の呼気が耳にかかる度に背中に甘い痺れが走った。
先走りに濡れたペニスの裏の筋を指の腹でなぞられると、刺激が強すぎて腰が引けてしまう。
流石に同性なだけあって、真田は俺のイイところを的確に擦り上げてくる。この男も自分で自分を慰めるようなことがあるんだな、と思うとますます興奮して口の中がカラカラになった。
気がつけばまた、俺の背中はマットレスに預けられていて、視界にはシミひとつない天井を背景に真田のここまで来ても涼しげな顔が映り込んでいた。
この男を、どうすれば乱すことが出来るんだろう。思考回路の端で考えている間も、俺のペニスを追い詰める真田の手の動きは止まらない。
「あっ……ふ、……」
輪の形にした指を、時たまカリのくびれに引っ掛けられる。身体中に広がりきった焦燥感にも似た疼きは、俺の思考を蕩けさせる。
「さなだ、さなだ……」
緩んだ声で繰り返しながら、
「俺だけ気持ちよくなるの、っ……嫌だ、」
こわい、年甲斐もなく言い募ると、真田のペニスが俺のそれに重ねられる。グリグリと擦り合わせるように動かれて、とぷとぷと先端から透明なものが零れ落ちる。
息が苦しいくらいに気持ちがいいのに、俺と自分のモノを束ねて握り込む真田の指先はやっぱり丸くて、俺は真田の抱いた女の子達のことを考えずにはいられなかった。
思い返してみれば、初めて出会った頃から、真田は俺に優しかった。俺がつまらないことで臍を曲げて真田を困らせることはあっても、真田が俺に理不尽を押し付けたことはない。
それでいて、自分の認めていない相手に対しては、恐ろしく無関心になれる男だということも知っている。
そんな男が、恋人として据えた女の子のことは人並み以上に大切にする。もしかすると、俺にした以上に。
「痛くして」
つまらないことを考えていると、そんな言葉が口をついて出ていた。真田は一瞬困惑したような表情を浮かべたけど、その顔をこちらに近づけてくる。
「っ……」
耳たぶに鋭い衝撃が走る。噛み付かれたのだと気がつくよりも早く、二巡目の痛みが薄い皮膚の内側の神経を犯した。足の指先がぴんと伸びて、内腿の肉がひくひくと震える。
「いや……あっ、」
身を捩って、腰を揺らすと、逃げる余地を潰すようにペニスを更に強く握り込まれた。俺の耳たぶを唾液濡れにする真田のペニスは、これ以上ないくらいに硬さを増している。
「嫌がっているようには見えないな」
俺の痴態を見下す真田は、心底愉しそうに見えた。
「噛まれて達しそうになっているのか」
更に追い討ちをかけるように、今度は首筋に噛みつかれる。喉の隆起を舌で舐め上げられて、俺の昂りはほとんど限界を迎えていた。
「さなだ、イく……っ、ああっ」
嬌声の切れ間に、俺は白濁を吐き出した。お互いの腹に白い残滓が飛び散る。
「っ……まっ、て……あっ」
荒い呼吸を整える間もなく、俺の精液をすくいとった真田の指が内側に侵入してくる。
「案外柔らかいな」
それなりに経験を重ねていることを言い当てられたような羞恥心が胸の内に沸いた。
「出したばかりだから仕方ないだろ」
言い訳じみた言葉を口にする俺を、真田は真っ当に見下ろしている。見下ろしながら、お前のカラダは浅ましいのだ、と言わんばかりに太い指をくりくりと動かした。濡れた音を立てて、指が奥に押し込まれると下腹部が震える。
前は未だ萎えたままなのに、真田にそんなところを晒しているのだと思うと、躰は熱を持ってしまう。
「あっ……そこは」
「ここか」
異物を押し返すでもなく受け止める内側の、一番敏感な部分に真田の指の腹が触れた。尖る爪のないそれは、俺が反応を変えたのを見て、執拗にそこを押しつぶす。
「ぁっ……そこばっか、やめろ……ぅ」
「煽っているようにしか見えないな」
真田の唇が歪む。他人を追い詰めることを愉しんでいるかのような、悪い笑顔。一緒にテニスをしていた頃、これを見るたびに体の芯が揺らいでいた。
真田はいつだって俺に優しかったけど、俺はずっと昔から、この男にいたぶられたかった。
「肉が指に吸い付いてくるぞ」
「ふっ……きもち、いい……さなだ、」
真田が指を動かす度に、俺の肉壁はそれを追うようにぢゅうぢゅうと狭まる。前立腺を中心にして、掻き回すような手技で刺激され続けると、ぐずるような嬌声が漏れ出してしまう。
もっと挿れて、と泣き出しそうな声で言うと、真田は眉間に皺を寄せた。ねだりすぎて不快にさせたかと思ったけど、次の瞬間には入り口が更に広く押し広げられる。
「んっ……んー!」
ぐずぐずに綻んだそこに、二本目の指が差し込まれると、強い快感から生理的な涙が目のフチに滲む。前立腺を両側から押し込むように、二本の指が動いた。強い刺激と、もっと太いモノを受け入れたいという渇きが、体の中でないまぜになる。
「随分慣れているんだな」
真田は、非難めいた声を上げた。自分だって人並みに女の子を抱いてきたくせに。俺が男に抱かれることは汚いとでも言いたいのだろうか。
確かに、無骨に節張った真田の指を、俺の熟れた肉は拒みもせずに包み込んでいる。指の根元でしこりを押し潰されながら、緩みきった最奥を指先で刺激されて、拒絶の言葉を吐き出すことすらままならない。
「ひっ……あっ……」
「後ろを弄られるのがそんなにいいのか」
射精を終えて萎えていた雄の部分が、慎しげに兆し始めているのを見下ろしながら真田は低い声をあげた。
いいよ、きもちいい──吐息混じりに認めると、好き勝手に内側を蹂躙していた指が抜き去られた。そこを圧迫していたものが消えてしまうと、入り口の窄まりが物欲しげに蠢く。
「はあ……」
荒い呼吸を整える俺を横目に、真田はベッドの下の収納から薄い包装を取り出す。
「彼女、よく来るんだ」
急に熱が冷めてしまって、平らな声で言うと、真田は俺の髪の毛を一筋持ち上げて、落とした。それきり黙りこくったままでいる。
「もういいよ、早くシて」
こんなことで拗ねるのは馬鹿馬鹿しい。あと何秒か息を止めていれば、十年以上も焦がれていたものを受け入れることが出来るんだから。
真田は静かに、コンドームのフィルムに切れ目を入れた。中から出てきたゴムが、下品なピンク色をしていたから、俺は泣き出しそうになる。やっぱり真田には、セックスは似合わない。俺は、この男が似合わない行為をして乱れるところを見てみたくてたまらなかった。
真田は、安っぽいゴムを亀頭の先から順繰りに被せていく。サイズが合っていないのか、時たま皮膚に突っ張りながら、根本まで装着を終える。
「次は口で着けてあげるよ」
「次があるのか」
「分からないけど、あるならそうしたい。俺はお前のことが好きなんだ」
ついでみたいに言うと、真田の目の色が変わった。痛いくらいに力強く、膝裏を掴まれて、無理やりに足を広げさせられる。指とは比べ物にならない程に太い先端が、窄まりに充てられて、焦らされるものだとばかり思っていたのに、次の瞬間には内側に押し入られていた。
「あっ……おっき、さなだ、ああっ……」
「お前は……どうしていつも大切なことを後出しにする……!」
流石に指を挿れたときと同様とまではいかないけど、挿入自体は案外スムーズで、真田の太い幹はあっという間に俺の肉筒に収まり切った。大きすぎる快楽によって、頭の芯まで蕩けきっていて、俺は真田の言葉を飲み込みきれずにいる。
俺を見下ろす真田の表情は、苦しげで、「痛いの」と尋ねると、かぶりを振りながら荒い呼気を吐き出した。
「お前のナカはよすぎる」
真っ直ぐにそう言った真田の目は熱を孕んでいた。真田もようやく乱れてくれたんだな、と思うと肉壁がペニスを引き絞るように狭まった。
「くっ……あまり締めるな、堪えられなくなる」
「俺は男だから、無茶苦茶にされてもいい……あっ、ああっ」
余裕ぶって言った瞬間、激しく内側を擦り上げられた。叩きつけられるような勢いで抜き差しをされて、あ、うっ、と甲高い嬌声が唇から漏れ続ける。
奥に差し込まれるよりも、抜かれる時の快楽の方が強いと、呼吸の合間に考えていると、それを嘲笑うかのように肉の行き止まりを膨れ切った亀頭でグリグリと刺激されて、異物感と快感から呻き声が上がる。
「そこ、奥だめ……きもちいいっ、だめ、」
「いいのか悪いのかどっちだ」
「あっ、どっちも……だめだって言ってるのに無理やりされるのが好きっ、ああっ」
「変態だな」
今日一番の似合わない台詞を吐き出した真田は、ぷっくりと主張している俺の乳首をつまみあげた。鋭い痛みと、快感で、頭がおかしくなりそうになる。ガチガチに張り詰めたペニスの先端からとろとろと先走りが零れ落ちるのが、自分でも分かった。
コンドーム越しに粘膜と粘膜の擦れ合うグチュグチュという音と、真田の腰が俺の尻にぶつかるパンパンという音が部屋中に響いていた。
全部がやらしくて、四歳の時から知っている幼馴染みとこんなことをしているのが信じられなくて、これは夢なんじゃないかと意識を飛ばすたび、激しい突き上げに襲われて、今真田の部屋で蹂躙されているこの体は現実のものだと認識させられた。
きもちいい、きもちいい、さなだ、と情けない嬌声をこぼし続ける俺は今、きっと蕩け切って泣きそうな顔をしている。そんな俺を追い詰める真田もまた、平素は凛々しい眉を下げて、余裕なんてかけらも見受けられない表情で、腰をふるい続けていた。十一月に、エアコンもつけずに裸でいるというのに、その額には汗が滲んでいて、今にも零れ落ちてきそうだ。
「……その顔、他の子に、あっ……見せるなよ、っ」
つい先程までは律することが出来ていた嫉妬心を剥き出しにして、俺が言うと、真田は何度か瞬きをして、突き上げを激しくした。
「やっ……ああっ」
「お前が、俺を、」
真田の方もそれ以上は言葉にならずに、その代わり俺の肩口に噛み付いた。跡が残る程に力を込められて、痛みで脳がゆらゆらした。それなのに何故だか、内側の快感は高まって、俺は真田のモノを更にキツく締め付ける。
真田は何度も場所を変えて、俺の体に噛み跡をつけた。女の子にもそうしてるの、と尋ねてみようかと思ったけど、他の人間のことを気にするよりも、目の前の男から与えられる官能に集中するべきだと気がついて、飲み込んだ。
飲み込んだけど、喉の奥に引っかかった言葉はなかなか消えてくれなくて、真田が痛みを与えたいと思うのは俺だけだったらいいと思う。
真田が俺の指の付け根に噛み付いて、ぐずつく肉壁に大きく釘を打ち込んだとき、俺は二度目の射精迎えた。イってしまうと、力が抜けて、「もうやめて」と掠れ声で繰り返したけど、真田の抜き差しは止まらない。
これ以上ないくらいに敏感になっている内側から、くぷくぷとくぐもった音が漏れる。高く掲げた俺の右足を抱くようにして、真田は更に奥にペニスを突き入れてきた。
「あっ……ああっ、」
これ以上入らない、と首を横に振っても、真田は俺を解放してくれない。媚びたように甘い声で、「もうイって、たのむ……」と叫んでも、その腰の動きは鋭くなるばかりだった。
天井を見ているのも億劫で、キツく目を閉じると、唇が重ねられた。どちらの唾液とも分からないもので、口の周りが濡れそぼっていく。キスがこんなに気持ちいいものだなんて知らなかった。
唇が離れていくのと同時に、真田が大きくペニスを抜いて、再び奥までそれを押し込むと、笠の張った亀頭によって肉壁が捲れ上がってしまいそうになる。
真田の精液が欲しくてたまらない。コンドームをしていることすらもどかしくて、真田が先端を奥に押しつけるたびに、俺も腰を揺さぶってそれに準じた。
「っ……それをされると達しそうになる」
「いいよ。出して……っ、俺のナカに」
あえて煽るように言って、下唇を舐めると、普段は三角の真田の目が蕩けた。
俺の一番良い部分をカリのくびれでごりごりと擦り上げてから、奥に叩きつけるようにピストンを繰り返す。既に吐き出すものもなくしているはずなのに、俺の体はひくひくと震えた。腰の奥が痺れて、頭の中が真っ白になる。
そうして俺の内側が激しく収縮すると、真田も精を吐き出した。長い長い射精だった。もう出し切っただろうと思って、身を捩ると骨盤を掴まれて、更に奥にインパクトを与えられた。
「っ……」
それが何度か続いて、真田の体から力が抜ける。
「終わったのか」
掠れ声で呟くと、「安心したか」と返された。その眉間に深く寄った皺を指先で揉み解してやる。
寂しいんだよ。お前にもそういう情があるんだな。当たり前だろ。日本を出ることも最後まで言わなかっただろう。それとこれとは別だよ。別じゃない、お前はいつも言葉が足りない。
真田は急に子供のようになって、俺の体にしがみついた。
「お前も寂しかったの」
真田は無言のまま、腕に込める力を強めた。こんな男に言葉が足りないと言われる日がくるとは思わなかった。
昔より短く刈り込まれた真田の髪を撫でる。ちくちくと、太い毛の一本一本が指先をくすぐる。
「深爪やめなよ」
俺はお前に傷付けられたい。
その言葉は言わないで、撫でさすっていた真田の頭を抱いた。真田はじっと息をひそめて、俺の背中を撫でていた。やっぱりこの丸い指は落ち着かないなと思いながら、俺は真田の耳に触れる。少し伸びた爪の先で、耳たぶをキツく挟んでやると、「口で言え」ときつく抱かれた。
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波の音がする
ルートさん(twi:romuromuemumu)から、この作品のイラストをいただきました。
ありがとうございます。
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