東京LOVE1


 始めはトリシャが「見ましょうよ」とテレビのスイッチを付けたのだ。それを今、エドワードが食い入るように見ている。





 エルリック家は夕食時には全員が揃ってダイニングで食事を取るのが普通でさらにそれが一家団欒のための重要なコミュニケーションのひとつだったので、食事をしながらテレビをつけるということはまずなかった。
 この国の午後7時、まさにエルリック家では夕食時で、普段ならば食事の後に向かいのソファーで談笑したり読書をする姉弟によって無為にスイッチを入れられるのを待つだけのリビングのテレビが、ついていた。

 それは欧州の島国のロイヤルウエディングの生中継だった。トリシャがはしゃぎながら感嘆の声を上げる。「王子様のりりしいこと、」「素敵なウエディングドレスね、」「見て、あの馬車!」

 アルフォンスは少女に戻ったような可愛らしい母の様子を微笑ましく見守っていた。それに実を言うとアルフォンスも世紀のロイヤルウエディングが気になっていた。なにせ、真っ白なウエディングドレスを世界中に広めたという、世の女性全てが憧れるにふさわしい伝統的な結婚式だ。

(姉さんが着たらきっと綺麗だ。でも、姉さんならもう少し露出を抑えてプリンセスラインで…)

 隣の新郎に自分を重ねて夢想していると新婦の弟が聖書を読み上げているというアナウンサーの声にささやかなアルフォンスの夢は打ち砕かれた。苦々しい気持ちで現実に戻ってくると、どちらかというと食事の方に集中し見るともなしにテレビに目をやっていた隣の愛しい姉がアルフォンスよりももっと苦々しい顔をしていた。
「ねっ、エドワードも素敵だと思わない!?」
「えっ!?う、うん…」
「ほら、あのティアラもキラキラ光って綺麗でしょ!?」
「あ、えと、そ、そうだね…?」

 しまった、テレビに映るプリンセスの次にあの格好が似合うであろう姉はしかし残念なことにまったくこの行事に興味がなかった。自分が率先して母の話に合わせてあげなければいけなかったと、慌ててアルフォンスが母の言葉に同意しようとしたその時トリシャが楽しそうに家族を混乱に陥らせる発言をした。


「エドワードがあれを着たら、きっとリン君が喜んでくれるわね!」


 ………母さん、せめて、『エドワードがあれを着たらきっと可愛いわね』くらいで留めて欲しかったよ…。

「なぁ……っ!何でそこでリンが出てくんだよ!!」
「そうだよトリシャ!なんてことを言うんだ!エドワードにウエディングドレスなんて着せるものか!俺は誰にも嫁になんてやるつもりはないぞ!」
「うるせぇぞクソホーエンハイム!手前ぇにオレの人生決められる筋合いはねぇ!!」

 案の定だんだんと矛先が変わり姉と父の口喧嘩が始まってしまった。こうなるとトリシャが仲裁するかもしくはエドワードの会心の一撃がホーエンハイムにクリティカルヒットし、父が書斎という名の教会へ回復しに行かずにはおれなくなるまで終わらない。

 しかし今日は違った。

「あら、ロイヤルキスの前に中継終わっちゃうのね」

 場の空気にふさわしくないほがらかな声にホーエンハイムとエドワードがトリシャの機嫌を伺った時だった。2人はどんなに喧嘩をしていても、トリシャの声にだけは敏感だ。今の所はまだ「2人ともいい加減にしないと明日のご飯抜きですよ?」と怒られるほどではないと見たホーエンハイムは『子供の躾』という建て前の『愛娘の彼氏への嫉妬』を続けようとした。こんなときだけは波長の合う2人なので普段ならばエドワードも続けようとしたはずだったが、今は違ったのだ。

「つい先週だって俺の帰りが遅い時に夕飯に紛れ込んで」
「だまれ」
「エドワー…」
「黙れっつってんだろ」

 機嫌を伺うためにトリシャの方を向いたとき、必然的にその向こうのテレビ画面がその場の全員の視界に入った。その瞬間からエドワードはホーエンハイムへ辛辣な言葉を突きつけながらも父へはまったく目を向けず、そこから彗星が流れ落ちてくるのかというくらい一心不乱にテレビ画面を注視している。

「なんで…」

 エドワードがぽつりと呟いた。エドワードが見ていた画面をアルフォンスも見ていた。何で?って、何が?
 しかし毛を逆立てた猫のような雰囲気に気圧されてアルフォンスはそれを尋ねることが出来なかった。ホーエンハイムはすでに尻尾を下げた大型犬のような寂しげな仕草でダイニングから出て行ってしまった後だ。


 エドワードは不機嫌な顔のままソファーへ移動し、ロイヤルウエディングの中継特別番組が終わってCMが流れるばかりだったチャンネルを変え始めた。ニュース番組に当たりをつけ、たまに止める。内容をザッと把握してまたチャンネルを変える。それは明らかに先程のロイヤルウエディングを狙っていた。しかしもちろん突然エドワードの趣味が変わったわけではなく表情は仏頂面のまま。アルフォンスは疑問でいっぱいだった。










(続)




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