大切をきづく者


 明け方、リンは目を覚ました。

 育ちのせいかリンは人の気配に敏感だ。隣に眠るひとがリンの腕の中で身じろいだので、目を覚ましたらしいとどこか客観的に判断を下す。
 細い足がリンの足に絡まってきた。足先が冷たい。昼間は汗をかくほど暑いのに朝晩は冷えるこの季節だ、寒いのだろうか。寝付く時に乱雑に潜り込んだ毛布をしろい肩に掛け直して隙間を埋め、その腕で金色の髪ごとくるんだ。
 やはり寒かったのか、すり寄ってくる肢体の体温を己の体温と比較して測ってみる。自分よりも0.5度ほど低い柔らかい身体に誘われるまま、リンはもう一度眠りについた。





 再び、リンは目を覚ました。

 半分だけ覚醒したまま腕の中の重みを探すが見付からない。夢だったか、目を開けるのも億劫なほど気怠い身体に反して意識はやけにはっきりとしている。
 遮光カーテンですら遮れない太陽光がリンの閉じたまぶた越しでも部屋を明るくしているのがわかる。その光の主張の強さに、寝過ぎたカ、と休日である本日のスケジュールを頭の中でめくりながら堅牢な水門のように重いまぶたをゆっくりと開いた。


 おヤ。


 果たして、夢の中の想い人がリンの部屋の中にいた。
 カーテンを閉め忘れて寝てしまったのかと思いきや、なぜか目を開いた方が部屋の暗さを感じさせる。それでもずいぶん日は高いようで、遮光されたひかりは仄明るくリンの恋人を浮かび上がらせていた。


 エドワードはその身体には少し大きめのリンの白いシャツを金糸の上から肩に掛け、リンの眠るベッドに背を向けて床に座り、その背中に腕を回して何かごそごそと動いているようだった。
 何してるのかナ。ぼんやりと見ているリンの視界の中で、エドワードの肩から白いシャツがふわりと落ちた。リンの眼前に、白いシャツよりもよっぽどしろいエドワードの背中が晒される。
 リンの心臓が一度ばくん、と音を立てた。思わず息を殺して見ていると、背中に回された腕が不器用に動いている。どうやら下着のホックを止めようと奮闘しているが上手くいかないようだ。胸が跳ねたときに一度見開いたリンの目が、弓型に細められる。


 ホックを掛けて左手の指で確かめて、上下にふたつついたそれが下のひとつしか掛かっていないことに気付いてつまんで両手で外す。もう一度挑戦するが、今度はどちらも引っ掛からなくてしゅるりと両手から離れてしまった。もう一度両手を背中に回す。


「……………………つけてあげようカ?」

「わあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 その仕草を十分に堪能した後で、ふと悪戯心に火が付いて声を掛けた。リンの予想通り驚いたエドワードの声がこだまする。そしてやっぱりリンの予想通り、自分の身体を抱き締めるように胸を隠してリンを振り向いたエドワードの顔は真っ赤だった。思わずにやけてしまうのはご愛嬌。ベッドに寝そべったまま声を掛ける。
「おはよウ」
「お……っはよう!起きてたのか!?」
「ううン、今起きタ。もっとこっち寄っテ、つけてあげル」

「ぜぇってー、ヤだ!」

 間髪入れずに断られるのも予想の範疇内だが、何もそんなに頑なに拒まなくてもいいだろう。
「…ふうーン」
「なっ、なんだよ……」

「そんな無防備な格好でよく言うネ。朝からベッドに引き摺りこんで欲しいノ?熱烈なお誘い嬉しいヨ」
「は!?なっ!ちょ!違…っ!」
 リンが身体を起こそうとするとちいさな身体はさらに逃げようとするが、両手を交差して肩に回して床にぺったりと座った不安定な体勢ではろくに離れられはしない。


「脱がされたイ?それとも着せて欲しイ?」


 眉毛を八の字に下げた顔が食べてしまいたいくらい可愛い。いっそのこと有無を言わさずこのまま本当に食べてしまおうカ。そう邪なことを考え始めた頃、エドワードが少し顎を引いて観念したようにゆっくりとリンに背中を向けた。


 その白さに喉が鳴るのを必死に押し隠す。

「……もっト、こっちに来テ…」
 エドワードは少し咎めるような顔で恥ずかしそうに振り向いた後、寝そべったまま手招きするリンの腕の狭い動作域内に自ら入ってくる。草陰で獲物を待つ肉食動物の様な気分だ。食べちゃおうかナ。
 エドワードは胸の前にした左手で下着を押さえたまま、右手で金髪をひとつにまとめてさらりと肩から前に流した。エドワードのしろいうなじと肩甲骨がきれいに浮かんだ薄い背中がリンの目の前にある。
 何者の侵入も拒むかのようにきゅ、と締められた両脇の下から落ちる下着の端をつまむとエドワードの背中が少しだけ揺れた。動かないように反応しないように、それをリンに悟られないように、ほんの少しだけ。

 息が乱れないように己の獣を必死に押さえ付けながらリンがつまんでいる箇所はベージュピンクのサテン地だが、エドワードの脇に続く切り返しの部分からはダークピンクとライトピンクの綿のレースがあしらわれているのがほんの少しだけ見える。可愛い、たぶん、前から見た方がもっと。
「…こレ、俺に見せてくれるためのじゃないノ?」
「なぁっ!何言ってんだお前は!!」
「あッ、ちょっと暴れないデ…!」
 振り払うかのように振り向いた動きで、つまんだ下着がリンの手から零れてしまう。真っ赤な顔で振り向いたエドワードのその顔の赤さよりも、胸の谷間の白さと指の隙間から見える下着のデコレーションばかり見てしまった。声も仕草も匂いもエドワードの全てに雄を刺激されてもう辛抱たまらない。ごめんエド、やっぱり戴きまス!!

 そう思って鼻息を荒くしたリンだったが、そんなことを知る由もないエドワードは、おずおずと、もう一度リンに背中を向けてきた。
 細い指を乗せた肩を少し竦めて、不安いっぱいだと言わんばかりの背中をそれしかする術を知らないと言うほどひたむきに、リンに預けてきた。



 リンは困ってしまった。
 欲望に任せてエドワードを襲おうといざ爪を振り上げたところでそんな風に信頼されてしまっては。
 このままエドワードの身体を貪ってもエドワードはきっと怒りはしないだろう。精々恥ずかしそうに小突かれるくらいだと思う。それでも、こんなに純粋な背中を前にここで性欲に走ったら男が廃ると言うものだ。



 リンはベッドの上に身体を起こした。その音にエドワードの身体がまた少し強張る。エドワードを怖がらせないように、肌に触れないよう気を付けて下着をもう一度つまみ直して少し強めにその両端を引いた。そして手早くホックを掛けたのだが、掛ける直前、左手の中指に当たったタグを興味本位でちらりと見てしまった。目を見開いたリンの目の前でホックの掛かった下着がエドワードの身体にぴたりと収まるのと、エドワードの悲鳴が響くのはほぼ同時だった。


「えぇええええエ!!!!B60!!!!?」
「ふぎゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 リンが思わずエドワードのアンダーバストを両手で鷲掴みしたのだ。エドワードは叫ぶと同時にびくんと背中を反らしてそのまま驚いた猫のように硬直して動けなくなってしまった。
「ちョ、俺胸囲90はあるヨ!?半分くらいしかないんじゃないノ!?」
「そんなの知らね……っ!や…っ!はぁなぁせぇ〜〜〜〜!!!!!!!!」

 エドワードの叫び声に我に返り、慌ててリンは手を離した。その手で今掴んだ薄さのわっかを作ってみる。細い細いと思っていたがやっぱり細い。あまりの細さを数字にされてさらに驚いた。
「ち……っ、ちっさくて悪かったな……!!どうせウィンリィみたく胸大きくねぇし……!!」
「エ!?違うヨ、アンダーが細いなって話だヨ!!」
 涙目で上目遣いににらまれる。正直、怖いというよりも可愛くてしょうがないという思いの方が先に立つ。しかも、自分が起き上がって目線が上がったのとエドワードが後退りして距離が出来たことで、先程まで見えなかった下半身まで視界に入り上下お揃いの可愛らしい下着を身に付けているのがリンには見えてしまった。
 最早男の矜持を守るためには情けなくも顔を反らして目を覆うしかない。ここで「何でそんなに胸囲あんの?」とか訊いてくる君の方がよっぽど『なんで』だヨ。



 2人でベッドに傾(なだ)れ込みたい衝動を必死に押し留めて、リンは休日である本日のプランを提案する。
「買い物に行こうカ」
「いいよ。なに、何か欲しいのか?」


 リンは人の気配に敏感だった。人と一緒に眠れる日が来るなんて思ってもみなかった。それなのにリンの腕で眠り、リンの隣で起きて着替えまでしていたひとがいる。
 それはひょっとして、エドワードが酷く緊張した背中をリンに向けたことと同じことなのではないか。
 リンはきづいてしまった。


 自分がこんなに気を許すのはもうこのひとの他にはいない、と。




「綿毛布買おウ」

「ん?」
「今の季節に丁度いい掛け布団買いに行コ。エド、毛布じゃ暑くて剥いじゃってその後寒くなってるみたいだったかラ」
「えっ、いいよそんなの」
「俺が欲しいノ」
「ならいいけど」




 きみに最良の快眠をご提供しよう。


 それは己の人生最高の安らぎに他ならないのだから。




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