その2「Pumps」
小走りで駅へと向かう。アルフォンスが駅ビルの1階にあるカフェをガラス越しに覗けば、入り口に近い丸テーブルに所在無げに座っている小さな金色をすぐに見つけられた。男性店員からマグカップを受け取り何がしか話し掛けられている。閉店時間とはいえ、セルフサービスのカフェでそれはないだろう。
「お待たせ、迎えに来たよ」
「アル…」
わざと「姉さん」とは口にしない。店員ににっこりと会釈する。言外に「失せろ」と含めて。
「すみませんでした、閉店時間に。さ、行こう」
店員は慌てて退散していく。この人に話し掛けようなんて百万年早い。
エドワードの手からマグカップをそっと離させて、テーブルに残し店を出た。
*
「アル、ごめん…」
「いいよ。スニーカー持ってきたけど…これじゃ履けないかな」
ロータリーのベンチに座らせて白いベロア地のパンプスを脱がせた足を、地面にしゃがみ込んだ自分の膝に乗せる。靴擦れで血を滲ませた小さな白い両足が痛々しい。
立ち上がりこの寒いのにおもむろにマフラーをはずし出したアルフォンスをエドワードは不思議そうに下から見上げている。エドワードのPコートから覗くティアードの上から大きく広げたマフラーを腰の位置で結び足が隠れるのを確かめてから、アルフォンスはエドワードに背中を向けた。
「乗って」
*
やっぱり車の免許早く欲しいな。あと2年も待たなければならないのがもどかしい。
「どうしてリンに送ってもらわなかったの?」
悔しさを糸目顔に押し付けて口にしてみたら思った以上に拗ねた口ぶりになってしまい自分でも驚いた。背中に乗るエドワードからは自分の顔を見られないのが救いだ。
「違う……リンは悪くねぇよ。ウィンリィと一緒だったんだ」
「あれ?なんで?」
冬休み明けの休日、朝から姉の彼氏が家に迎えに来ていて一緒に出掛けて行ったはずだ。本当に腹が立つことだが、そういうエスコートはきちんとこなしてくれるので信頼していたのに。
「よくわかんねぇけど…
男に振られたんだか振ったんだかみたいな話で、今すぐ会いたいって電話来て。
合流したときは一緒だったんだけど」
なし崩しにデートを中止させられたらしい。女同士で話がしたいと言われれば確かにリンも引き下がらざるを得ないだろう。……特に、ウィンリィ相手では。
「そんでウィンリィを家まで送って、ウィンリィんちから駅まで、結構あるだろ。
そこでだんだん痛くなってきて…なんとか電車乗ったんだけど乗り換えしてる間にもう歩けないくらい痛くなっちゃって……」
母と選んで買ってきた白いパンプスは確かにとても可愛かったのだけど、姉にはちょっとヒールが高いなとアルフォンスは思った。そこで今日は映画を観に行くと言うのであまり歩かないだろうと目算して履くことを許したのに、そんな伏兵がいようとは。エドワードが指に引っ掛けて持ち、アルフォンスの胸の高さで揺れているパンプスの中とかかとには赤い染みがついてしまっていた。
可哀相に。
「ごめん、アル……」
「気にしないで」
「でも」
「ごめん、ボクこそ事情も知らないのに」
あなたの大事な人を責めて、とは続けられなかった。
頼ってくれたのは嬉しい。困ったときに思い浮かべてくれたのは嬉しいよ。でも、天の邪鬼なあなたは一番大事な人には心配を掛けたくなかったんでしょう?
悔しい。
「アル、寒くないか?マフラー取っちゃって」
「うん、姉さんが温かいから大丈夫」
「そっか」
ごめんな、とまだ言ってくる。エドワードは弟と一緒にいることに何の疑問も抱かないが、この人とこうしていられる時間が限られていることをアルフォンスは知っていた。
この人の中の一番大事な人がいつか一番安心できる人になって、どんなときでも甘えられる人になってしまう日がくることを。
胸の位置にある赤い染みを見ながら思う。
……何てリンに言えば一番効果的かな。
未来の小姑は婿いびりに余念がない。
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