フリースの神様


 本当のことを言うと、リンはそんなに寒がりじゃない。生まれが寒冷地だったらしいし育った土地も寒暖の差が激しい地域だったので、寒さも暑さも過ごし方のコツを覚えている。
 今朝は冬晴れ、ブレザーにマフラーでしのげそうな陽気。リンはちょっとだけ迷った後ブレザーは着ずにシャツの上からグレーのフリースを羽織り部屋を出た。


『――携帯電話はマナーモードにし、車内での通話はご遠慮ください』
 右手で携帯電話をいじるリンの左の肩にはさらさらとしたちいさな金髪の頭が乗っている。ゆらゆらと前に揺られて一瞬うしろに反った後、とん、とリンの肩に乗り直した。座り心地が良いところだったようでリンのフリースに顔をうずめるような角度のまま規則正しい寝息を立て始めたのを横目で見守る。
 ゆるく開いた膝がどうしても気になるが今は向かいに人がいないからまぁいいカ。職員会議が何とかで早帰りだった夕方5時24分、日が大分伸び始め窓の外はうっすらと明るい。この国のこの辺りは今から2ヶ月間程が寒さの本番らしいけれどこのくらいの寒さならリンにとってはぬるいものだ。


「なに、このフリースさわり心地いいな!」
 12月の終わりに量販店で何となく買った上着で、その日だって近所のスーパーに買い物に行こうカって立ち上がるときにたまたま手近にあったので羽織ったとか、そんなレベル。それをエドワードはその触り心地を確かめるためリンの腕をなでなでし、そのままするりと腕を絡め「あーオレもこういうの欲しいな〜」と言いながら、あろうことかミルクをねだる子猫さながらリンの二の腕の辺りに頬擦りまでしてきたのだ。

 フリースの神様ありがとウ!!

 「何それリンじゃなくてフリースに懐いてるわよバッカじゃないのフリースの神様って何?トイレの神様流行ってるから?」後でウィンリィに自慢したら一気に数々の言葉で罵倒されたが「ありがとウ!ウィンリィちゃんもそれはそれは綺麗なトイレの女神様くらい美人だヨ!」と笑顔で返せるくらいリンには喜ばしいことだった。

 恥ずかしがり屋のリンの恋人は外で手をつないでくれることすらあまりない。それどころか腕を組んでくれたのなんかそれが初めてで、なんとそのまま徒歩5分の近所のスーパーまで並んで歩いた。その次の週末には同じフリースを買いにデートをして、色違いでしろい物をエドワードに選んだ。部屋着にするんだと言われれば、え、それ毎日着ちゃうノ?俺とお揃いなんだヨ?と、想像するだけでデレデレする始末。

 こっそり洗い替えまで買ってしまった。今リンの肩で眠る姿だってフリースの神サマサマだ。


『――駆け込み乗車は危険ですのでおやめください』
 エドワードの家のひとつ手前の駅で沿線にある他校の男子学生がひとり乗り込んで来た。彼は空いてる席を物色しようと車内を見回し、視界にエドワードが入った瞬間驚いたように振り返り今度は確かにエドワードに焦点を合わせた。それをリンは見逃さない。
「エド、次だヨ」
「うん……、んー……オレ、寝てた…?」
「うン、後ろに頭ぶつけそうになってタ」
「えっマジで!?わー…恥ずかしい、起こせよ…」
「だって気持ち良さそうだったかラ」
「うん、なんか、ふかふかしてた」
 顔を寄せ合いくすくすと睦み合えば男子高校生はそれ以上見ないようにちょっと離れた席を選んだ。去り際にもう一度名残惜しむようにエドワードを眼に焼き付けていたがまぁその気持ちはわからなくないので許してやらなくもない。でも、この天使の寝顔は俺だけの物。


『――ご乗車の際はお足元にご注意ください』
 エドワードの最寄り駅に電車が停車する。
「のど乾いたな」
「コンビニ寄ってク?」
「ん」
 リンが先に立つとエドワードはそっとリンのそでをつまんで立ち上がった。
 先ほどの男子高校生が車内広告を見る振りをしてエドワードを眼で追っているのを知っているので、リンはエドワードを隠すようにさりげなく後ろに立って扉へと促す。

 残念、フリースの神様は君には微笑んでないんだナ!
 ウィンリィにこの話をすればまた罵倒されるに違いないのはわかっているのだが、リンはやはり惚気ずにはいられないのだろう。




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