▲ ▼ そしてついに試合当日になってしまった。風丸くんはとりあえずというかたちで入部してくれたけど、あのままマックスが入部するという話も聞いてないし、あのサッカーがとびきり上手だと噂の転校生も入部していない。そんななかで秋ちゃんとふたり、着々と試合のための準備をしていく。人数分のドリンクを用意したりタオルを用意したりといつもよりもなんだか大変なものに感じる。 「どうしよう秋ちゃん…!胃がキリキリしてきた…!」 「わ、わたしも…!」 いつもとおなじことをしてるのに、なんだか大変に感じるのはきっと緊張してるからだ。マネージャーのわたしたちでさえこんななんだから、選手のみんなはもっと緊張してるはず。秋ちゃんと手をぎゅうっとにぎり合っておたがいを落ちつかせていると、いまにもスキップしだしそうな勢いのうれしそうな円堂くんがやってきた。そのうしろで揺れる猫耳帽子、まさか! 「みんな、紹介するよ!きょうの試合、助っ人に入ってくれる松野空介だ」 「僕のことはマックスって呼んでいいよ。君たちのキャプテン見てたら、なんだか退屈しなさそうだと思ってさ」 わたしと秋ちゃんが作った看板をつかんでたのしげな顔を浮かべるマックス。「円堂くん、さすがだね」となりの半田に話しかければああ、と短い返事が返ってきた。わたしのなんでもする発言はあんまり効果がなかったのか。それはそれでかなしいけど、助っ人してくれるんだから結果よければすべてよし! 「退屈って、遊びじゃないんだぜ試合は」 「心配いらないよ。サッカーはまだやったことないけど、こー見えて器用なんだよね」 「と、言うことだ。期待しようぜ!」 あきれたように言った染岡くんのことばを、マックスはするりと躱してみせた。たしかにいろんな部の助っ人をしてきたマックスだけど、わたしも頼んだけど…ほんとうに大丈夫だろうか。相手は最強のチームらしいし…やっぱり不安だ。「しかし、これでもまだ9人だぞ」「…10人だけど…」…おもわず半田とふたりして震えあがってしまった。ごめんね影野くん。それから影野くんが言ったことばにみんなして苦笑いしてしまった。というか苦笑いするしかない。 ▲ ▼ 「う、っわあ…」 「なんだあれ…」 そして、帝国学園がやって来た。重苦しい雰囲気の漂うなかゆっくりと雷門の敷地内に入ってくる戦車のようにおおきな車。こころなしか天気も悪くなった気がする。ほんとうに、大丈夫なのかな…。おもわずジャージの裾をぎゅうと握っていると半田とマックスが両隣に来た。それだけでもやもやとした気もちもふっとんでしまうんだから不思議だ。「まあ大丈夫だって」「助っ人に入ったんだからもちろんなんでもしてくれるよね」…ふたりの言ってることには月とスッポンくらいの差があるけれど、これくらいちょうどいいんだ。たぶん。やっぱりなんでもする発言は有効だったことには目をつむるとして、ぞろぞろと車から降りてきた帝国のひとたちを見やった。こっそりふたりのユニフォームの裾をちょこんとつまんで。 「なんかすごいね…」 「ああ」 「だね」 なにしろ先に出てきた男の子たちは両脇に控え、その真ん中に敷かれた真っ赤の絨毯のうえをユニフォームすがたの男の子たちが歩いてくるのだ。あの男の子たちが帝国のサッカー部なんだろう。まさに最強と言われる雰囲気を纏っている男の子たちと試合をするなんて。ゴーグルとドレッドヘア、赤いマントの男の子がキャプテンだろうか。そしてそのうしろを歩いてきたひとたちのなかに見覚えがある茶色い髪の男の子と、ヘッドフォンをしたわたしの家によくいるあの男の子。 「(源田くんも帝国だったんだ…)」 凛とした表情で歩いてくる源田くんはあのときとちがうひとみたいだった。そのうしろを歩いてくる健也くんの表情はここからだとよくわからない。その光景をぼんやり眺めていると、源田くんと目が合った気がした。目をまんまるに見開いて、どうしてここに、なんて言わんばかりの表情。それから目を伏せてしまう。そんな源田くんを見ておもわず半田のユニフォームをぎゅうとにぎってしまっていた。 「…木園?」 「あ…あのひとすごいね!マント着けてる!」 半田が不思議そうな顔してたから慌てて前を向いた。左からジャージの裾がひっぱられるのを感じたけれど、知らんぷり。こんなことしたらあとでマックスからでこぴんが飛んできそうだけど我慢しよう。…グラウンドでは円堂くんが帝国のあのゴーグルをしたドレッドヘアの男の子(たぶんキャプテン)に近づいて握手を求めたけれど、その男の子は腕を組んだまま円堂くんから視線を外しなにかを言っていた。帰ってきた円堂くんによるとはじめてのグラウンドだからウォーミングアップをしたいのだという。それにしたってあんな態度はない。ぴたりと息もつまるような雰囲気のなか、帝国がウォーミングアップをはじめた。そのすがたを雷門はグラウンドの傍で見守る。そしてすぐに息をのむことになる。 「なんだ!?」 「消えた?!」 円堂くんと半田が身を乗りだしておどろきの声をあげた。帝国の動きは見たこともないくらいの速さだった。眼帯の男の子は移動したときまるで瞬間移動をしたかのようだったし、蹴られたボールは重い音を出して力強く仲間のもとへ飛んで行く。その動きの速さだとかすべてに圧倒されてだれもしゃべらない。ただ目の前の光景を見つめるばかりで、そんなときあのゴーグルの男の子が蹴ったボールがすさまじい速さで円堂くん目がけて飛んできた。 「キャプテン!」 「円堂!」 ギリギリでそれを受け止めた円堂くんをよそに帝国のひとたちはいやな笑みを浮かべてわたしたちのキャプテンを眺めていた。健也くんと源田くんでさえも。あんなにかわいい笑顔を見せてくれる健也くんが、やさしげにほほえむ源田くんが、。ほんとうに、知らないひとになってしまった。むりやり視線を外して円堂くんのほうを見る。すると円堂くんは手を鳴らし、言った。 「おもしろくなってきたぜ!」 march 28 ▼ 2012 |