「みんな最近怠けすぎだと思うの!」 「秋ちゃん落ちついて、どうどう」 「梭鞠ちゃんだってそう思うでしょ!?」 「そうだねえ」 「まったくもう!」 秋ちゃんはぷりぷりと怒っていまにもあたまにふたつかわいらしい角を生やしそうないきおいである。アプリコット色したジャージがとっても似合うそんな秋ちゃんのとなりで、ママレードとおんなじ色したジャージを着るわたしはとりあえずお怒りの秋ちゃんにポケットに入っていたビスケットをあげてみる。 「糖分摂ったらきっと落ちつくよ」 「梭鞠ちゃんのポケットにはいつもなんでも入ってるのね」 「きょうはたまたま!」 「ふふ、ほんとかなあ?」 ひとつの袋に2枚入っていたビスケットのうちの1枚を秋ちゃんはわたしにくれた。ふたりしてビスケットをかじるとなんだかとてもうれしい気ぶん。グラウンドを借りることができなくたって、こうしていれば気も紛れるってもんです。これはきょうも河川敷コースかなあと秋ちゃんに話しかけようとすると、秋ちゃんは部室の前でひとりサッカーボールを蹴っている円堂くんを見つめていた。 「(恋する女の子だなあ)」 「梭鞠ちゃん、わたし円堂くんにグラウンドのこと言ってくるね」 「いってらっしゃーい」 「あ、きょうも河川敷だと思うんだけど梭鞠ちゃんも来てくれる?」 「もちろん、マネージャーですから!」 「よかった!」 それじゃあ、とほほえんで円堂くんのところに走っていくアプリコット色の背中はまさしく恋する女の子だ。たぶん恋する女の子って、無敵。あんなにかわいいんだものね。とりあえずわたしは部室へ行ってみてあとから河川敷に行こう。部室に行ってもどうせ半田は漫画読んでたり1年の子たちはゲームやってたりするんだろうけど。…サッカー部に半田が入ってすごくたのしそうにサッカーしてたから だからわたしはマネージャーやりたいって思ったのに。出そうになったため息を飲みこんで(しあわせが逃げちゃうと大変こまる)いきおいよく部室のドアを開いたら、みんながびっくりしたような顔してこっちを見た。 「円堂くんと秋ちゃんは河川敷行くみたいだけど、みんなは行かないの?」 「だってどうせそんなに練習できないだろ、なあ」 「なあ」 頷きあう半田と染岡くんを見ておもわず眉と眉のあいだにしわが寄る。こりゃあ秋ちゃんが怒るのも当然だ。1年生たちをちらりと見てみれば困ったような顔していたから、なんとなくわたしもおんなじような顔になる。そんな顔しないでほしい。とにかくスクイズボトルやらタオルやらをバッグに詰めこんで両手に持ってまたドアを開こうと奮闘していると、おもたいバッグが足の上に落っこちてあんまりおもいから涙が出そうになった。やんなっちゃう。 「え、おまえどこ行くんだよ」 「河川敷!」 「なに怒ってんの?」 「怒ってない!」 「あ、おい…」 やっとこさでドアを開いて外へ出るとおもわずため息をついてしまった。さっきのため息と合わさってしあわせが2倍逃げていきそう。両手に荷物を持ち直して河川敷に向かいはじめて、そこで気づいた。一度荷物を床に置いてドアを開けばよかったんだ。わたし馬鹿すぎる。半田に八つ当たりもしちゃったし、本当にやんなっちゃうなあ… 「わるい木園!荷物忘れてた!」 「ごめんね、重かったでしょう?」 校門の方からあわてたように走ってくる円堂くんと秋ちゃんがなんだかかわいくってわらった。秋ちゃんはいつもはしっかりさんなのに、円堂くんがどこかしらに関わるとネジ1本ぶんだけ抜けたようにおっちょこちょいになる。「これくらいへっちゃらだよ」するとふたりが同時にダメ!と言ったのがすごいくらいにぴったりで、3人して目をまあるくしたあとわらう。ちょうど半田にちゃんと謝ることをこころのなかでそうっと決めた。 ▲▼ 「どんどん打ってこーい!」 円堂くんがゴールに立って小学生たちのボールを受けているなか、わたしと秋ちゃんはいつもベンチの方で立っているばかりである。クリップボードを持っている秋ちゃんはまだしも、なんにも持たずにただ立っているわたしっていらない気がする。ジャージだって着て一応マネージャーなわけだけど。…休憩にベンチへやってきたマコちゃんにドリンクを渡してあげると、ありがとう!って大きな声で返事をくれた。なんてこった。かわいい。 そこへ円堂くんがいい動きだったとマコちゃんに言うと、マコちゃんはドリンクを飲みながらうれしそうに答えた。円堂くんって褒め上手だよなあ。グラウンドに目をやればさっきマコちゃんにカットされて男の子としてくやしかったのか、バンダナをしたりゅうすけくんがボールを蹴ろうとしていた。 「こんどこそオレが決めてやるー!見ろ!オレの必殺シューット!」 ところがその必殺シュートはなんだか怖そうなひとたちの方へ飛んでいき、あろうことか怖そうなひとたちの真ん前をかすめそうな勢いで通った。「あっ」「あ、秋ちゃんあれまずいよね…?」「うん…」はらはらドキドキしながら様子を見守るわたしと秋ちゃんをよそに、すかさず円堂くんが怖そうなひとたちの方へ行って謝ったけれどボールを返してはくれないし、おまけになんと円堂くんのお腹を蹴った。「円堂くん!」秋ちゃんがちいさく悲鳴をあげて、マコちゃんは驚きの声を出してわたしのジャージの裾をつかんだ。その手をぎゅっとつかんで口をつぐむ。ばくばくと心臓が鳴っている。どうしよう、どうしよう円堂くんが、。背の低い方のひとになにか言われたらしい背の高い方のひとが立ちあがり、ボールに唾を吐いたあとそのボールを蹴りあげた。 「!!(うそ!??)」 「ああっ」 こっちに飛んでくる!おもわずマコちゃんの手をぎゅっとつかんだ。…そのとたんにどこからか走ってきた男の子がボールを蹴り返した。見事にそのボールは背の高いひとの顔へとシュートが決まって、わたしはといえば口がぽかんと開いた。いまの、すごい。あんなのはじめて見た。顔面にシュートが決まった背の高いひとはぱたりと倒れてしまった。「て、てんめえ!」叫んだ背の低いひとはわたしの目の前にいる男の子を見るなり、血相を変えて捨てぜりふを吐いて背たかのっぽのひとをおぶさるとあっという間にすっ飛んで行った。わたしからは背中しか見えないけれど、よっぽど怖い顔でもしてるのかもしれない。 「ありがとう!」 わたしと手をつないでいたマコちゃんが男の子にお礼を言った。それにすこしだけ振り向いた男の子はほんのちょっぴりほほえむ。あれ、ぜんぜん怖くない。じゃあなんでさっきのひとはあんなに勢いよく逃げて行ったんだろう。…いつの間にかじいっと見つめてしまっていたのか、男の子とぱちりと音がしそうなくらいにぴったり目が合った。目をまんまるくするわたしに、男の子はやさしげにちいさくほほえんだ。 「(えっ、えっ?)」 そのまま去って行く男の子に円堂くんが話しかけたけれど、男の子はなんにも言わずに行ってしまった。 「ふしぎなひとだね」 「ねえ」 大丈夫だった?と駆けよって来てくれた秋ちゃんにわらいかけた。あなたにはわたしより先に心配するひとがいるでしょうに。「あの男の子が助けてくれたから大丈夫!」「よかったあ」ふたりして円堂くんのところへ行けば、円堂くんはさっきの男の子が歩いて行った方向をきらきらした目で見つめていた。そんな円堂くんをうれしそうに見る秋ちゃん。恋する女の子はいつでも健在だ。マコちゃんはといえば、もうグラウンドでみんなとボールを追いかけている。 「(あっお礼言ってない…!)」 |