わらう顔が女の子みたいにかわいらしくて、それでもやわらかな声が男の子らしさをぞんぶんに表してる君をはじめて見たとき まじまじと見つめてしまったのを覚えている。


前髪をちょんとさわって整えたのならつぎには不安気にスカートをただしてとびらのお隣、リボンをつついて。すみれ色した空に一番星を見つける余裕はポケットのなかをぶちまけたって見当たらず。そわそわしていると聞こえたとびらの開く音に、ぴんとわたしの耳は反応した。まるでどんな音もこぼさない野うさぎの耳。待っていましたと言わんばかりに音を拾ったかしこい耳のとおり、そのとびらから出てきたのは神童くんだった。急いでいたのかいつもみたいに制服の前をしめていない。なんだかはずかしくなる、いけないものを見てしまったような気もちに似てる。その姿に変なめまいがして、どこを見ていいものかしらとふらふらと視線をさまよわせた。やっと到着したばしょは神童くんのふたつのひとみ。「わるい、遅くなって。待った…よな?」眉をしゅんと下ろして困ったようにわらった神童くんを見て胸がきゅうんとつぼまる。どうしようもなくほっぺたが熱くなる。「だ、だいじょうぶ!」反則ですそういうの。もっとゆっくりしてたってよかったんだよ。あなたのためだったらもういいやってお手上げしたくなるくらい待ってみせます。忠犬にだって負けませんとも。そのためにまずはお弁当をじょうずに作れるようにならねばね。変に意気込んでみると神童くんの制服の上着からこっそり顔をのぞかせるシャツのボタンが、ひとつふたつとかけ間違えられていることに気づいた。どうしてすぐに気づかなかったのかと考えたらまたほっぺたがのぼせたように熱くなる。(わたし、神童くんの顔ばっかり見てた?)これ以上のぼせたらほんとう ふやけてしまいそう。

「し 神童くん」
「?、どうしたんだ?」
「その、ボタンかけ間違えてるよ」
「えっ うわ…!」

そわそわと落ちつきなく口から出たことばは思うよりおおきくて情けなくなった。そうしたら神童くんは直そうとあわててシャツのボタンを開けはじめてその奥のしろい素肌が見えたものだから、またおかしなめまいがした。勢いよくぐるんと背を向けてうつむく。ちょうど男の子の秘密をのぞき見てみたように おっかなびっくりしてからだの真ん中がばくばくどころかばっこんばっこん鳴っている。こういうのってふつう、男の子の気もちなんじゃ?ふしぎ。ほっぺたがひんやりとするときなんてないのだ。「あっわるい、」「ううん、いいよ、平気だよ」…平気だなんていったいどの口が言うんだか!視線を下ろすと革靴にくるまれたつまさきが頼りなさげに、とんとすみれ色になった地面にあった。ぜんぜん、へっちゃらなんかじゃないんです。

「…君が待ってくれてると思ったら なんだか、い…居ても立っても居られなくて」
「…!」
「それで急いだらボタンかけ間違えるなんて」

もうだいじょうぶだとうしろから手をそうっと取る神童くんのほうを振り向いた。素でそんなこと言えるなんて、きっとその気になったら世界征服だってできてしまうね。でも君は「情けないよな」…また困ったようにわらった。そんな神童くんに胸がくるしくなる、こんなにもあなたでいっぱいなんだよ。「神童くんが情けなかったら、世界中が情けないひとでいっぱいだね」…わらってみせたら神童くんは一瞬だけきょとんとした顔をしてそれからわらってくれた、「帰るか」。


手の甲と手の甲がぶつかって、それからなんでもないようにそうっとつながれた手に心臓がおかしな方向にぽんと跳ねた。はじめて手をつないだときはなんでだろう、どうしようもなく泣きたくなった。あのかわいらしいえがおを見せる、男の子らしい声でやさしくわらう君はとなりにいる。すみれ色した夜のはじっこでつまさきの向く方向はおそろい、歩く速度はおんなじ。世界中の女の子が夢みるこんな帰り道。神童くんは部活でのことをうんと話してくれる。あたらしく入った1年生の子ががんばってただとか、だれだれの調子がいいだとか。さいきん神童くんのはなしによく出てくるのはマツカゼテンマくんという子のことだ。うれしそうに話す神童くんにどきまぎしながらわたしは首をたてに動かすばかり。キャプテンの神童くんをつくるすべてのものとひとを詰めこめられるよう、あたまはいつだって準備万端。霧野くん、マツカゼくん、ニシゾノくん、カリヤくん、倉間くん…ぽんぽん出てくる登場人物たちをあたまのなかで整頓させようとうなずくだけでせいいっぱいなわたしに神童くんは いつもサッカーのことばかりでつまらないよな なんて眉をさげてわらって立ち止まる。つられるように立ち止まるともうわたしの家のすぐ目の前だった。

「神童くんのサッカーのはなしはいろんな人が出てくるからたのしいよ」
「そうか?」
「うん、神童くんのはなし聞いてマツカゼくんっていう子に会ってみたいと思ったもん」
「うれしいけど…それはだめだな」

一歩ぶんだけ距離が近づいた。街灯のランプの灯りの橙とすみれ色、神童くんがそのなかで凛々しい男の子らしい表情を見せていたものだから 一瞬おとぎの国にでも迷いこんだふしぎな感覚がした。あのかわいらしいえがおの男の子が、こうしてかっこいい表情を見せることだって知っているはずなのに。サッカーをしているときの男の子らしいえがおも まっすぐなひとみも見たことある。つくったお弁当をおいしそうにたべてくれる横顔も。それでもこんな表情、見たことなかったんだ。

「しん、どう…くん、」

神童くんの夜色したふたつのひとみがとても近くに見えた。きらきらしてる。息を飲んでおもわず目をつむると、つぐんだ唇にやわらかなあたたかい温度。ほっぺたを髪の毛がくすぐる感覚。こんなの、はじめてだ。そうっと神童くんが離れたのがわかった。冬の朝起きたときのようにゆっくりゆっくり ほっぺたがあつくなってゆく。

「またあした」

女の子のようにかわいらしくはにかんだ君はとびきりかっこいい男の子、そんな目の前の君をまじまじと見つめほっぺたを染めるわたし きっとあしたは君にとっておきのお弁当をつくろう。






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