だれも見たことのない 朝はやくのお陽さまが見たくなって、ひっそりベッドからつま先を出した。たのしいにおいを嗅ぎわけて、つま先はひょこりと動く。あっちの方向にはいいことがあるよ。たぐりよせられるように いちばんにカーテンを開いた。いいかんじ。ぐっと背伸びをしてパジャマのまま廊下へ出る。こんなことをしたら、ほんとうは叱られてしまうけれど。きょうだけ。かわりにあとでいっぱい叱られよう。…だれも起こしてしまわないよう怪盗みたいに息をひそめる。いまごろ晴矢はよだれ垂らして寝てるだろうし、ヒロトは王子さまみたいに眠っているかも。風介はどうだろうなあ。ひんやりつめたい廊下は、君が棲み家にしてそう。サンダルつっかけて、玄関の扉をしずかに開いた。スープに溶かしてたべたい朝のにおい。あたまの先から足の小指までいくように目いっぱい吸いこんで、淡い紫色を纏わせた朝陽のなかでたゆたうような気ぶんになる。まつげをゆっくり3回瞬かせると、わたしのなかからなにかがこぼれていった。 「なにしてるんだ」 前髪を手で梳きながら、ねむそうに風介はやってきた。ぱちぱちと風介がきれいなまつげを動かすたびに、またわたしのなかになにかが戻ってくる。なんにもいらないよ。ぜんぶスープに溶けてほしい。つかれたんだよ。 「おはようガゼル」 「…もう、ガゼルではない」 しんと朝陽に目を向ける風介の横顔はきれいだ。ながいまつげも真っ青な目もすべて 光を連れてる。それに見惚れてたら、「なんだ」風介の手がわたしの顔をきゅっと前へ向かせた。ちょうど朝陽と目があう。あの朝陽に星をたくさん振りかけてかじったら、口のなかでぱちぱちはじけるのかしら。スプーンですくうたびに、あまい味した毒がちょっとずつ朝靄といっしょになってしまえばいい。 「きょうの朝ごはんなんだろうねえ」 「そうだな」 「当番、ヒロトだったっけ」 「…ああ、うん」 「そっか…」 「…なあ、よく頑張った、な、」 「!…そうだと、いいな」 「お、おまえには わたしが、ついているだろう」 だからあんな顔をしているな、だんだんと小さくなってくことばの代わりだっていうようにぎゅっと手がつながれる。風介は真ん前の朝陽をにらむようにして見つめていた。だんだんと蜂蜜色になってく光は風介の髪の毛をきらめかせる。神さまだって後ずさりしてしまうよ。それくらいのつよさを持つ君はほっぺたピンクにしてた。わたしだけのひみつにしてもいい?言ったら君はそのきれいなかたちした眉毛を吊り上げて、そっぽ向くんだろう。 「ふへへ」 「なにがおかしいんだい」 「なんでしょう」 「……」 「いたたたた骨折れる!!」 「…ふん」 つないでた手がぎゅうぎゅうきしんで無言の圧力がお出迎え。今度お返しに風介のアイスたべてやろう。…思うだけにしておいて、ほんとうのところは朝ごはんたべたらありがとうの気もちを込めてフォンダンショコラでもつくろう、君にあげるための。もういらない!って叫ぶくらいいっぱいに。あれほど朝に溶けてほしかった気もちは あっという間に君が飲みこんでしまってたから。 「あのね」 「なんだ」 「風介だあいすき」 「!…ば、馬鹿か!」 「うっ!…いたい」 髪の毛をがしがしする風介から飛んできたチョップにあたまをおさえた。照れ隠しがチョップというかわいいものを持ってる風介は、きっと無敵だ。だからすぐにこころの奥の、真下の方で欲しかったことばをくれるんだろうなあ。…指と指が一瞬はなれて、今度は絡まった。恥ずかしくなるのを飛びこえて、うれしくなってほぐれてしまわぬように握りかえした。「もう一眠りするか」さっきまで顔をピンクにしてた君はどこへやら、おっきなあくびをひとつこぼした。つぎ起きたときにはスープもぜんぶ目が覚めるような味がしたって飲みほせるはず。だから君はぐいっと手を引っぱって わたしのあたまを撫でてちょうだいな。 december 21 / 2010 緑に包まれた地球をまたいで エイリア学園がなくなったころ |