アスカとカズヤがおはなししているのを聞いてしまった。ふたりに渡そうとしていたタオル、あそこに落としてきちゃった。どうしよう。ふたりにばれちゃうかな。わたしがあそこにいたこと。でも。でも。どうして 神さま。

「手術をしたら、もう サッカーは」






まるでティンカーベルが飲みこんだ 毒がたっぷりのケーキみたいよ。カズヤがサッカーできなくなるかもしれないなんて、うそだ。やだよ。秘密をしまいこんだ心臓はやけに重たくてつめたい。あったかい毛布にくるまったって きっとそのまま。ちょっと待って、って出かけたことばは針のようなちくちくになってお腹の底に消えていく。サッカーボールを持って外へ出て行こうとするカズヤの背中はユニコーンの青いジャージに包まれているのに、白い綿菓子みたいにふわふわして 空気のなかに溶けてしまいそう。カズヤを連れていくのはやめて神さま。「…カズヤ!」「うん?」ドアを押し開けたまま振りかえったカズヤはやっぱりやさしく微笑んだ。「行ってくるよ」泣きたくなって、俯いた。

前とはちがうことがふたつあった。ひとつ目はカズヤのプレー ふたつ目、カズヤのすがたがときどきふと消えて そんなとき決まってアスカは慌てたようにカズヤを探すこと。マークやディランは、すぐに帰ってくるさ、と言ってわらうけれど アスカのなにか考えこむような表情は変わらずじまい。わたしにはどうすることもできなかった。だいじょうぶだよ、きっと そう言ってアスカのとなりに立つことのほかにじぶんになにができるのかわからなくて カズヤを助けたいわたしがぱくんと怪物に飲みこまれた。怪物のお腹のなか 真っ暗闇に隠れるようにしてわたしはカズヤを助けるための方法を考えはじめる。ドクターでもないわたしはカズヤの体がいま、どのくらい怪物に傷つけられているのかなんてわからないし だからやっつける方法もわからないのだけれど 毎晩目を閉じて ふたつの手のひらを合わせて神さまにお祈りすることはできる。カズヤといっしょにその怪物をどこか世界の端に追いやることはできる ぜったい。そのために魔術師であっても わんわん泣きたくなる日だってあるのだろう。いっしょに泣くための準備は つぎの日のための準備はとうの昔に できてる。

怪物に剣を向けるのなら わたしもいっしょに。ふたつぶんのマグカップを乗せたおぼん。カズヤのお部屋の前でばったり会ったアスカはおどろいたように目をまんまるにさせた。それから黒目をあっちへふらふら、こっちへふらふら。「アスカ?」「あー…どうしたんだ?こんなところで」「すこし カズヤに用事があって」なにか言いたげに口を開いたアスカは 困ったようにわらってわたしのあたまをくしゃくしゃになでるとどこかへ行ってしまった。ひとりぼっちになって、アスカがわたしのあたまをなでた意味を脳みそぜんぶ、まるまる使って探す。けれどどうやったってわたしのあたまではアスカの言いたかったことがわからない。イチノセのこと、頼んだ。アスカがそう言いたかったことにして 言われたわけでもないのにぴんと背すじを正した。マグカップのなかでゆらゆらゆれるココアとわたしの心臓、ふたつの黒目。夜だから、いいよね。ふくろうが鳴くような静かな夜だから。カズヤのお部屋への入り口 木製のとびら。ノックをふたつ。

「カズヤ いっしょにココア、飲もう」

カズヤはさっきのアスカみたいにわらって わたしをお部屋のなかに入れてくれた。マグカップをカズヤに手渡すと、ありがとう、って返ってくる。そんなちっぽけなことで また泣きたくなってわたしがいまここにいる理由を思いだす。カズヤはじぶんが座ったベッドのとなりをぽんぽんと叩く。マグカップを手のひらで包んでカズヤのとなりに座った。

「この前のはなし、聞いてたんだろ?」
「えっ」
「タオルが落ちてた」
「ごめんなさい」
「いいよ、べつに」
「……」
「逆に、ごめん 言わなくて」

びっくりしてココアからカズヤの顔に、目を向けた。ゆらゆらゆれるきれいなふたつの目、ながい睫毛 なんて緊張するのかしら!たったひとつを言えばいいだけなのに。夜のお月さま、ココアもアスカもすこしだけわたしに力を貸してね お願いよ。

「カズヤにはみんながついてる」
「…うん」
「まずはね、あったかいココアを用意するの それでだいすきな音楽も流して 三角座りをして ひざに顔をうずめて」
「う、ん」
「そうしたらひざがたくさん濡れて、ティッシュがたくさん必要になって もうおしまいって思ったら まばたきをして そうしたらみんなのところへ行けばいいんだ」
「それでも、足りなかったら?」
「た、足りなかったら…わたしのぺったんこの胸を貸しだします!それでも足りなかったら、アスカも!マークも、ディランも、みんな!みんなで、カズヤのこと、ぎゅうってして、あげるから!」

いま、よっつの目が泣いていた。ふたつはカズヤ、ふたつはわたし。わたしのほっぺたを、カズヤはながい指でぬぐってそこにちいさくキスをした。ピクリと揺れたわたしの肩にそのままカズヤのおでこが乗っかって 両腕は背中に。わたしの手からまっ逆さまに落ちていったマグカップとココアとくすんだ怪物。このときのためにわたしの肩はあったのかもしれない。なにかがかなしいだとか うれしいだとか くるしいだとか そんなものがこんがらがって、せっかくカズヤがぬぐってくれたほっぺたはまた濡れてしまった。カズヤのおでこが乗ったわたしの肩もうんと濡れていく。背中にあるカズヤの手があったかくて わんわん泣いた。神さま カズヤからサッカーを取っていかないで。

「あしたは、きっといつもの俺だから」

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